【新説】アレクサンダー大王の死因は毒性の植物?

エジプトからインドの西側までを含む大帝国を作り上げたアレクサンダー大王ことアレクサンドロス3世。20歳の若さでマケドニア王を継承し、死ぬまでの12年間の間にギリシア、小アジア(今のトルコ辺り)、エジプト、ペルシアを次々と制服し、強大な帝国を作り上げた英雄。アレクサンダー大王を巡る逸話や伝説は数あれど、彼がなぜ、どのようにして紀元前323年6月10日に32歳という若さでこの世を去らなければならなかったのか、という疑問への回答は未だ出されていない。

彼の死因を巡っては様々な説が唱えられてきた。マラリアやバクテリア感染、川の水を飲んでの感染症や戦場での負傷など、そして暗殺。結局のところ、アレクサンダー大王の墓が発見されない限り断定はできないのだが、それでも状況証拠を積み上げていくことで真実に辿り着けるかもしれない。

そしてまた新たな説がそれらに加わった。

もしアレクサンダー大王の死因が何らかの毒である場合、それはもしかすると“クリスマスローズ”とも呼ばれるヘレボルスの花が彼の飲むワインに舞い込んだせいかもしれない。

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・暗殺か細菌か?

ニュージーランドにあるオタゴ大学の毒物学者レオ・シェップとその同僚による研究によれば、もしアレクサンダー大王が毒性の何かを死因とする場合、それは植物が関与しているかもしれないという。

シェップ氏は、アレクサンダー大王の死を巡る二つの記述に注目した。

一つは著名な歴史学者プルタルクスによる、アレクサンダー大王はバビロニアでの祝宴の後に徐々に熱にうなされるようになり、やがては歩くことさえ不可能になり、発病から11日から12日目に死んだという記述。

もう一つはアレクサンダー・ロマンスに見られる、彼が祝宴の最中にワインを飲み、それが原因で肝臓に激しい痛みを感じのたうち回ったという記述。

この二つの記述はどちらも歴史的客観性には欠けるものの、これらの記述から何らかの毒物が死因であると絞り込んだ。

▼オリバー・ストーンによる映画『アレキサンダー』▼

・有害植物の可能性

これまでアレクサンダー大王の死因となる有力な毒物として挙げられていたのは、ヒ素とストリキニーネの二つ。しかし両者とも強い毒性のために摂取後、数時間か長くても数日で死ぬことを考えれば、上述されている症状とは見合わない。ヒヨスやドクニンジンも同様の理由で該当しない。

そこで辿り着いたのが“クリスマスローズ”とも呼ばれるヘレボルスの一種であるホワイト・ヘレボルスという植物である。徐々に体力や筋力が衰えたことや激しい腹痛などの症状と見合い、そしてヨーロッパ全域に分布していた。その毒性は簡単に抽出ことができアルコールとも混じり合いやすいため、アレクサンダー大王のワインに容易に侵入することができる。

しかしこれらすべてが“仮説”の域を出ないことをシェップ氏はよく分かっている。

結局はアレクサンダー大王の墓が発見されることでしかこの議論を終わらせる術はなく、彼の遺体が見つかったとしても、もし毒物を死因とする場合は毒性の特定までを証明することは難しいだろうともシェップ氏は言う。

歴史上の人物としては最大級のスーパースターであるアレクサンダー大王。去年ギリシアで発見された巨大な墓がアレキサンダー大王のものかとも騒がれたものの、どうやら本人ではなく父親の可能性が高いと言われている。

「最強のものが帝国を継承せよ」という遺言を残して夭逝した英雄への関心は未だに根強い。

参照記事:NBC News.com

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