【コラム】仏オランド大統領の不倫スキャンダルに見るフランスの政性分離報道

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今日本のネット上では韓国や中国との軋轢を遠因として、台湾やタイやトルコなどの親日国家(台湾も国みたいなもんです)をことさら持ち上げる傾向にある。確かにそれらの国では多くの場合日本人は温かく迎え入れられる。トルコのイスタンブールでは温かすぎて高額な絨毯を買わされたりもする。

それら親日国の多くは、特に戦前戦中の歴史関係や、その後の経済交流などの歴史的事案を理由にして日本に好感を持っているのだが、純粋に日本の文化的側面に関心を抱いている国といえば、フランス。もちろん台湾やタイに見られるような同じ東アジア文化圏としての同一性はフランスには見られないが、実に多くのフランス人は昔から日本の文化に関心を払ってきた。黒澤明や大島渚は下手すると日本人よりも鑑賞されているのではないだろうか。同時に日本人もまた異文化世界としてのフランスを異常なまでに愛している。

日本とフランスの相互関心関係は、お互いの文化の致命的差異によってもたらされていることは間違いない。プライベートを殺してまでも我武者ら働く日本人。週40時間労働は非人間的だとして週35時間労働制を導入するフランス人。調和を重んじ、自分の意見をおおっぴらにしない日本人。安易に他人の意見に同調することを嫌うフランス人。そういった様々な違いは政治や報道の分野でも見られる。

仏芸能誌「クローザー(Closer)」は10日、フランソワ・オランド(Francois Hollande)仏大統領(59)が同国の女優ジュリー・ガイエ(Julie Gayet)さん(41)と「不倫」の関係にあり、頻繁にガイエさん宅に泊まっていると報じた。

仏オランド大統領には大統領府で一緒に生活するパートナーがいる。婚姻関係が日本ほど重要視されていないフランスでは珍しいことではなく、法的には夫婦関係になくとも、実質的には夫婦として扱われるため、今回の報道は「不倫」という言葉が当てはまる。

が、これがフランスでは大した問題とは扱われない。今回は相手が女優のジュリー・ガイエということで話題にはなっているようだが、日本のようにこの事案が政治問題としては扱われることはない。事実、この報道に対して大統領は謝罪や弁明の意思は全然なさそうだ。

同誌の記事には、ガイエさんが暮らすアパートに入る大統領の写真も掲載されている。大統領は記事に激怒しており、「プライバシーの侵害」だとして法的措置も辞さない構えだが、報じられた内容を否定はしていない。

不倫した当人がそれを報道したメディアに激怒して法的措置を検討しているのだ。言葉の意味としては理解できるが、日本人としては正気の沙汰とは思えない。

実はフランスでは仮に政治家の恋愛スキャンダルが見つかった場合でも報道されない場合が多い。政治と個人の性愛は全く別のものだというコンセンサスが国内に浸透しているのだ。

ちなみに2005年に当時の大統領だったサルコジの奥さんセシリア夫人が突如ニューヨークに愛人と駆け落ちしたことがあった。日本で言えば阿部首相夫人がイケメン韓国人と駆け落ちしたようなもの。当然大ニュースとなりそうなものだが、フランスのメディアはこれは黙殺した。ただしこのニュースはアメリカなどでは大々的に報じられ、セシリア夫人も夫から依頼される形で公的な仕事もしていたため、その後には記事にもなったがすぐに忘れ去られた。基本的には政治家に愛人がいるとか、浮気したとか、そんなものはニュースにすらならない。

そしてフランスの政治と性愛を巡る事件で最も有名なのがミッテラン元大統領の婚外子の件だろう。そのことを大統領就任後の記者会見で尋ねられたミッテランは「Et Alors?/それが何か?」とキョトンとしたのだった。そもそもミッテランには100名を超えるような愛人がいたとさえ言われており、彼の盛んな下半身事情は記者たちは当然のことながら知っていたのだが、報道はされなかった。

日本では不倫は道徳観の欠如とされるのに対し、フランスでは男女の恋愛や性愛については道徳や倫理で語られるものだとは思われていない。より情感的で運命的で抗えないものとされており、間違ってもそういった行動が政治的能力に影響を及ぼすとは考えられていない。アメリカのクリントン元大統領のスキャンダルの時も世界中が大バッシングするなかフランス人だけはクリントンに同情した。それも男だけでなくフランス人女性もだ。

今回のオランド大統領の件でも、いくつかのフランスのメデイアは、イギリスの報道を引用する形で紹介している。きっとフランス人にとってはどうでもいい問題なのだろう。

道徳的にも国民の鏡であることが求められる日本の政治家や芸能人。方や個人の性愛事情はいかなる場合もプライバシー保護の範疇にあると考えるフランス。その違いは、日本特有の全体主義的な傾向から生まれる、理想とする自分の姿を遠くの誰かに担ってもらいたいとする願望のせいなのか、それともフランスの場合が個人の自由にあまりに多くの権限を与えすぎているのか、はたまた両者がどちらとも極端に振れている結果なのか、よくわからない。

ただこれまで性愛のスキャンダルで政治生命を断たれた無数の元政治家たちはフランスという国を羨ましく思うことだろう。しかし日本の政治家も恋愛スキャンダルが発覚した場合はミッテランのような強気な態度に出てみてはどうだろうか。

「で、それがどうした?」

きっと国会は空転、クオリティー新聞から芸能情報番組まで声を揃えた大バッシングとなるだろう。

結局のところ、フランスにしろ日本にしろ、問題の本質は報道の価値基準が統一されているメディアにあるのではないか、と偉そうにも思ったりする。それぞれが独自の基準で、右でも左でも個人でも全体でも不倫も文化でもいいから、報道の色を出してもらいたい。

そうすれば政治もメディアももっと身近で分かりやすくなると思うのだが、どうだろう。

それにしても相手の女優さんはきれいだなー。

引用記事:AFP BB News
参照記事:Medias

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2 件のコメント

  • こんにちは。楽しく読ませてもらいました。このブログを今後も参考にさせてもらいます。ありがとうございました。

    • 勇気さん、はじめまして。
      これからも参考にしていただけるような記事を紹介していきたいと思います。
      ありがとうございました。

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