【コラム】『明日、ママがいない』問題と『華氏451度』の世界。

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日本テレビ系列で放送されているドラマ『明日、ママがいない』巡る問題はスポンサー降板にまで至り、ドラマの内容や表現に対する視聴者の反応が、テレビ局のビジネス・モデルにまで直接的に影響を与える事態になっている。

問題となっている争点とは、ドラマ内で描かれる児童養護施設の状況が現実世界のそれと大きく異なっており、今後実際にそこに暮らす児童たちへの偏見を助長しかねない、という一点に集約される。ドラマ内では親からのネグレクトをきっかけに施設に預けられた子供が「ポスト」と渾名されることから、同じような境遇の児童らに悪影響を及ぼすのではないかと危惧されているのだ。

そういった表現問題に加えて、視聴者、特にインターネット上で顕著なテレビ業界への不信感が背景に横たわっていたため、抗議の声が番組スポンサーにまで及んでいる。番組を続けるべきか、中止すべきか、という意見は様々なプラットフォームで活発に交換され、両者の意見は真っ二つに分かれている。

話題になっているのでこれまでの放送分を見直してみたが、もし仮にこの騒動の帰結として放送中止という事態になった場合、テレビにおいては思考を前提とした物語を語ることは実質不可能になるだろうとイヤな気分になった。仮に今後のテレビが物語を語ろうとする場合に、前もって現実世界に波及するだろう影響をリストアップし悪影響が“予想される”プロットを全て排除することが必要とされるのなら、それは検閲と意味的に何が異なるのか私には分からない。しかもそれは見えざる一部の視聴者という“権力”によってもたらされる圧力な分、タチが悪い。

ここで思い出すのはアメリカのSF作家レイ・ブラッドベリの『華氏451度』の世界。あらゆる情報が権力により監視され、“善良”な市民に悪影響を“及ぼしかねない”本による情報全てが燃やされてしまう社会では、思考は奪われ、善良とはアホと同義となってしまう。

この小説はあらすじだけを読めば、権力による検閲の破滅的帰結を描いているように見えるが、ブラッドベリ自身はそういった見方を「薄っぺら」と評し、実際には「テレビによる文化破壊」を示唆したと述べている。つまり全ての情報がテレビ的に直接的で感覚的になればなるほどに、情報の本質とも言うべき思考の必要性は薄まり、情報を知覚した瞬間の骨髄反射的感想によってのみ全てが評価される事態の危険性を説いたのだ。

この小説はブラッドベリが得意とした風刺小説であり、彼自身決してテレビの存在意義を否定している訳ではない。実際に彼はその後テレビ製作に深く関わるのだ。しかしこの小説が書かれた1950年代のアメリカは、テレビにおける暴力描写や性描写は現実社会に悪影響を与えるとして規制されており、加えて「赤狩り」と呼ばれるイデオロギー弾圧も行われていた。結果、チャップリンに代表されるように優れた表現者たちはアメリカを去るか、業界から追放された。ブラッドベリは当時のテレビの情報の扱い方に憤っていたのだ。

『明日、ママがいない』問題を取り巻く状況は、私には当時のアメリカと似通って見える。もちろん差別を助長するような表現作法は決して支持しないが、『明日、ママがいない』の放送が継続されたことで子供たちが差別に晒されることになったのなら、その差別意識はすでにそこにあったもので、ただ見過ごされていたに過ぎない。そして放送を取りやめることで救われる子供がいると本気で信じる者がいるのなら、それこそ『華氏451度』に登場する“考え、戦う”ことを放棄した“愚民”に他ならない。

もちろん表現を巡って様々な意見が交わされる状況が悪いのではない。むしろ健康的だと思う。このドラマの影響を危惧する児童施設関係者たちの反応は至極真っ当であり、その言葉を真摯に受け止める必要は制作側にもある。ただこのドラマの放送が中止されることのみを目的とする言動は、彼らのような誰かを救おうとする行為とは全く違う、中身のない空っぽな藁人形の所行だと自覚する必要がある。

『華氏451度』ではこれまで情報を燃やす側だった主人公は、ふとしたきっかけから書物と出会ってしまう。そこで彼は気がつくのだ。情報とは知識とは、感情の源泉であること。言わずもがな、差別に唯一対抗できる術とは、情報と知識によって育まれた、他者を想う感情のみである。

日本テレビは今、テレビが視聴者を思考へと導き感情の源泉となりうるのか、試されている。それに負けたらテレビはもういらんのだよ。

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