映画レビュー|『ワイルド・ホース/WILD HORSES』レビュー-保守系老人の言い訳

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アカデミー賞も受賞する名優ロバート・デュバルが監督・脚本・主演を務めた『ワイルド・ホース/WILD HORSES』のレビューです。15年前に姿を消した同性愛者の青年を巡る真相を通して、テキサスの今を切り取る。共演はジェームズ・フランコ、そしてお久しぶりのジョシュ・ハートネット。

『ワイルド・ホース/WILD HORSES』

全米公開2015年6月5日/日本公開未定/アメリカ映画/102分

監督:ロバート・デュバル

脚本:ロバート・デュバル

出演:ロバート・デュバル、ジェームズ・フランコ、ジョシュ・ハートネット、アドリアナ・バラッザ他

あらすじ(ネタバレなし)

テキサスの地主スコット・ブリッジス(ロバート・デュバル)は息子や孫に囲まれて平和に暮らしていた。しかし3人いる彼の息子の一人ベン(ジェームズ・フランコ)はゲイで、敬虔なクリスチャンでありマッチョなテキサスの保守的な 父だったスコットにはそれが受け入れらなかった。

15年前、ベンが一人のメキシコ系の青年と逢瀬を重ねていることを知ったスコットは彼らの前で銃を発砲し、そこから追い出してしまう。そして、ベンの恋人だった青年はその日から姿を消していた。

新任した女性保安官は、15年前に行方不明になったままの青年の事件を再捜査する。テキサスが抱える移民問題やヘイト・クライム。 そして家族の絆と愛、様々な想いが交錯するなか、15年前の真相が明らかになる。

レビュー

ロバート・デュバルによる言い訳:

ロバート・ダウニーJrと共演した『ジャッジ 裁かれる判事』で、愛をうまく表現することができない男の深い愛を、人生の最後を通して演じたロバート・デュバル。彼が監督・脚本・主演を務めた本作『ワイルド・ホース/WILD HORSES』もまた、残りわずかな人生のなかで過去を清算しようとする老人の物語となっていた。

15年前、息子が男と関係を持っている現場に出くわしたロバート・デュバル演じるスコットは、彼らの目の前で発砲し、その行為を激しく責め立てた。これを機に息子のベン(ジェームズ・フランコ)とは疎遠になり、またベンの相手だったメキシコ系青年は突如、姿を消すことになる。そして物語はテキサスが抱える国境問題や移民問題、ヘイトク・クライム、警官の腐敗などと同時に、ベンの帰還、そして15年前の事件の真相が語られていくことになる。

簡単に要約するだけでも、本作にはあまりに多くのプロットが持ち込まれていることがわかる。

本作では保守的な土地柄で知られるテキサスの、反時代的な側面が強調される一方で、変わりつつあるテキサスの姿も、とりわけ同性愛を巡る描写を通して描いている。つまりゲイを差別するスコット(ロバート・デュバル)こそが時代遅れのテキサスの象徴であり、ゲイとしてテキサスから追われたベン(ジェームズ・フランコ)は新しい価値観の象徴であり、その間でどちらにも共感するスコットの息子でベンの兄弟役を演じるジョシュ・ハートネットが変わりつつあるテキサスを象徴している。『ジャッジ 裁かれる判事』でも見られた保守的老人の反省と懐古を描くには興味深い人物設定だった。

しかし物語の導入にテキサスと同性愛という関係を描いておきながら、途中からはテキサス全体の問題にまで言及するようになる。メキシコと背にする国境問題、警官の腐敗、男女の意識差(男女差別)、ヘイト・クライムなどなど、それらをほとんど平等のヴォリュームで描こうとしており、結果、上記のような家族内に見られるテキサスの世代的分裂と衝突は部分的にしか描かれることはない。物語の核となるはずのプロットが膨らむことなく、まるで時間切れのように尻つぼんでいく。それは物語の締め方同様に、テキサスの老人たちの自己弁護のように、死ぬまで言い訳することで時間稼ぎする姿と重なる。

この物語を執筆し、監督したのがロバート・デュバル本人である以上、彼は本作に自戒の念を込めていることは間違いない。ハリウッドのなかで保守的で知られる彼は、全米での同性婚合法の流れ(本作公開時は連邦法では合法でない)や保守的なアメリカの価値観が現在では多くトラブルの原因になっていることを知っており、彼なりの自戒と反省を込めたのだろう。特に、「同性愛には個人的に反対だが、君が同性愛者であることを否定しない」という進歩的保守の立場を代弁するような彼のセリフには84歳と高齢なデュバル本人の歩み寄りと理解を求める姿が見て取れる。しかし、あくまで「見て取れる」だけである。本作のラストを見るに、本当の和解に必要なはずの、謝罪と改心の姿は描かれず、あくまで近くに迫った「お迎え」までの時間稼ぎと言い訳、そして相手を理解するのではなく、相手に理解を求める姿勢のみが色濃く映されていた。

テーマの設定も「ボケ」ているなら、プロットも散らかったままで、意味もなくカーチェイスをしたり銃撃したり潜入したりと物語の本筋はいつになっても見えてこない。やっと映画の本題に突入したと思うと、物語はあっけなく終わっていく。それこそが人生だと言われれば反論のしようもないが、物語としてはあまりにお粗末だ。自分が変わることを拒み続けるも、自分が関わる人々には変化を求めるという、まるで老害の象徴のような終わり方だった。過激に置き換えると、まさにキルゴアが老人になって、ベトナムの農村で虐殺した過去を都合よく自戒して死んでいく姿と重なる。

それでもゲイを演じたジェームズ・フランコや、久しぶりに見るとブラピにそっくりになっていたジョシュ・ハートネットの演技はよかった。でもそれだけだった。複雑なプロットは全く整理されず、ずっと老人の言い訳を聞かされているようだった。他にもスペイン語を話せるのか話せるのかわからないテキサス人や、英語を話せるのか話せないのかわからないメキシコ系など、とにかく脇も甘い。

言い訳したいのなら反論の余地を残さぬようにしてほしい。

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ということでロバート・デュバルが監督・脚本・主演を務めた『ワイルド・ホース/WILD HORSES』のレビューでした。とりたててこれ以上言うこともないですが、デュバルの41歳年下の奥さんが出演していたり、まあ老人の戯れの延長なので真剣に観る必要もないのかもしれませんが、『ジャッジ 裁かれる判事』での名演があったので、その落差はなかなか大きいものです。日本ではよくてDVDスルーでしょう。以上。

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