【映画】『博士と彼女のセオリー』レビュー 【アカデミー賞主演男優賞受賞作】

「車椅子の物理学者」として知られるスティーブン・ホーキング博士と彼の元妻との関係を描いた映画『博士と彼女のセオリー』のレビューです。全身の筋肉が萎縮する難病ALSに冒されるホーキング博士の姿をエディ・レッドメインが熱演。人生におけるユーモアとほろ苦さが絶妙に合わさった感動作。原題の『Theory of Everything/万物の理論』とは自然界に存在するすべての”力”を理論的に統合しようとする試みのこと。2015年3月13日日本公開。オススメです。

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■ストーリー、前半■ ※ネタバレなし

1963年、名門ケンブリッジ大学院で物理学を学ぶ青年ホーキング(エディ・レッドメイン)は青春を謳歌していた。あるパーティーでホーキングは、スペイン・フランス語を学ぶ学生のジェーンと出会い、あっという間に恋に落ちる。うまくデートに誘えない彼は、無神論者であえりながらも彼女が属する英国国教会の教会まで出向き、やっとダンスパーティーへ誘い出すことに成功する。

また宇宙物理学の分野で目覚ましい才能を見せはじめた彼だったが、ブラックホールの特異点定理に取り組む中、徐々に自分の体が思うように動かなくなっていき、ある日、校庭を走っている時に足を絡ませて転倒し病院に運ばれることになる。そこで筋肉が徐々に衰える病気に罹患していること、そしてやがては歩くことはおろか呼吸さえも自力ではできなくなってしまい、余命も2年ほどだと知らされる。ただその場で、自分の脳だけはその病気の範囲外であることも知る。

彼の病状を知らされたジェーンはふさぎ込むホーキングをクロッケー(≒ゲートボール)に誘うも、すでに彼の右半身の萎縮はかなり進行していた。自暴自棄になるホーキングだったが、ジェーンは彼の余命が2年であることを告げられても動じることなく、彼への愛をまっすぐ伝えるのだった。

そして結婚した二人はすぐに子供にも恵まれる。また宇宙における特異点に関する論文が認められ博士となったホーキングは、その証明に立ち向かうことを決意。

歩くことだけでなく満足に話すことさえ難しくなっていくホーキングは、彼独特のユーモアと仲間の助け、そしてジェーンの愛によって、無情な困難のなか、それでも前へと歩き続けていく。

■レビュー■

『車椅子の物理学者』として日本でも有名なスティーブン・ホーキンス博士が一人の女性と出会い恋に落ち、そしてそれぞれが別の道を歩むまでの実話を映画化した本作は、よくある難病モノ映画とも違えば、ハンディキャップを抱えた人物が困難に打ち勝つこと描く作品でもない。天才と呼ばれる実在の人物の、その彼にとっては普通な人生を通して描かれる、真実の人生賛歌だった。

天才を扱う映画には『グッド・ウィル・ハンティング』などのフィクション作品から、ラッセル・クロウの『ビューティフル・マインド』のような伝記映画まで様々あるが、本作では現代を代表する天才の伝記映画でありながら、彼の天才性が発揮される部分をほとんど描こうとしていない。ホーキング博士といえば、特に宗教と科学との関係において様々な議論を提供していた人物だが、そういった彼の学術的側面についてはほとんど語られず、多くの部分を人間としての等身大の彼を描くために費やしている。映画のラストに訪れる感動も、彼の障害や天才性とは全く無縁の、多くの人が経験するような一瞬に凝縮されている。それは決して特別なものではなく、誰の心にも実感として染み込むような感動となっているのだ。

そして健康だった頃から、病状が進行しわずかな動きしかできなくなるまでを完璧に演じきったエディ・レッドメインの演技には脱帽するしかない。筋肉が萎縮し、体だけでなく声さえも上手くコントロールできなくなる姿を、完璧に演じきっていた。障害を抱えた実在の人物の映画化作品という面でも、また同じイギリス出身ということでもアカデミー賞を受賞した『マイ・レフト・フット』のダニエル・デイ=ルイスと比較されるだろうが、本作の場合は病に冒される過程までも演じきっており、来年のアカデミー賞へのノミネートは間違いないだろう。

また本作にもホーキング博士の同僚として登場する物理学者キップ・ソーンが製作に関わったクリストファー・ノーラン監督の『インターステラー』が、最新の量子力学によって考えられる時間の可能性に挑んだ作品であった一方で、本作はホーキング博士と元妻のジェーンの関係から時間が持つ別の可能性を謳おうとしている。ホーキング博士の有名な理論のひとつに、過去へのタイムトラベルは不可能であるという『時間順序保護説』というものがあるが、本作は、特にラスト、その彼自身の仮説に挑むような作りになっている。

時間が現象として巻き戻ることはない。もし過去へと時間を遡るためには、その場の力が無限大でなければならない。過去へのタイムトラベルを事実上不可能なものとするホーキング博士自身の仮説だが、本作のラストでは、その無限大の力に代わるものがこの世に存在することが示唆される。幕の閉じ方としては最高だと思う。

人生のほろ苦さを独特のユーモアで包み込んだ、大袈裟ではない感動作。『マン・オン・ワイヤー』や『プロジェクト・ニム』などのドキュメンタリー作品も送り出してきたジェームズ・マーシュの、そこにあるものを大きく描くのではなく、その核心を描こうとする手腕が最大限生かされた、素晴らしい作品だった。

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※次のページにストーリー後半のネタバレあり※

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