映画レビュー|『スターウォーズ/フォースの覚醒』

2005年の「スター・ウォーズ エピソード3 シスの復讐」で新3部作が完結してから10年ぶりとなったシリーズ7作目となる『スターウォーズ/フォースの覚醒』。はじめてジョージ・ルーカスの手から離れディズニーとともに歩みだす新三部作の幕開けとなる超話題作。新旧キャストを織り交ぜ、J・J・エイブラムスがメガホンを取る。

Star wars force awakens official poster

『スターウォーズ/フォースの覚醒』

全米公開2015年12月18日/日本公開2015年12月18日/136分

監督:J・J・エイブラムス

脚本:ローレンス・カスダン、J・J・エイブラムス、マイケル・アーント

出演:ハリソン・フォード、マーク・ハミル、キャリー・フィッシャー、アダム・ドライバー、デイジー・リドリー、ジョン・ボイエガ、オスカー・アイザック他

解説

2005年の「スター・ウォーズ エピソード3 シスの復讐」で新3部作が完結してから10年ぶりに製作・公開されたSF映画の金字塔「スター・ウォーズ」のシリーズ7作目。オリジナル3部作の最終章「ジェダイの帰還」から約30年後を舞台に描かれる、新たな3部作の第1章。テレビシリーズ「LOST」や「スター・トレック」シリーズなどで知られるヒットメーカーのJ・J・エイブラムス監督がメガホンをとり、脚本にはオリジナル3部作の「ジェダイの帰還」「帝国の逆襲」も手がけたローレンス・カスダンも参加。音楽はおなじみのジョン・ウィリアムズ。無名から大抜てきされた新ヒロイン、レイ役のデイジー・リドリーのほか、ジョン・ボヤーガ、アダム・ドライバー、オスカー・アイザック、ドーナル・グリーソンといった新キャストに加え、マーク・ハミル、ハリソン・フォード、キャリー・フィッシャーらオリジナル3部作のメインキャストも登場。

引用:eiga.com/movie/78626/

レビュー 「マクガフィン」としてのルークの意味

※ここからは『スターウォーズ/フォースの覚醒』のレビューとなり、ネタバレも含みますのでご注意ください※

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『ワンピース』の有難い応援や数々の予告編を通過して本編が始まった時、思わず目頭がジーンと熱くなった。そしてあっという間の上映時間が終わってからも随分と長い時間、圧倒的な多幸感は消えなかった。色々と突っ込みどころはあれど、これこそが待ち望んだ『スターウォーズ』だったことは間違いなく、1999年の『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』とは違っていた。本当に何もかも違っていた。僕らがビデオで何度も見返し、その後の映画人生を決定的に変えることになった、あの『スターウォーズ』が今まさに目の前で更新されたのだ。厳密に何が違っていたかというと、この新作『スターウォーズ』はリアルタイムで『スターウォーズ』サーガの誕生に立ち会うことのできなかった僕らの不運をなかったことにしてくれる新しい『スターウォーズ』だったから、ということに限る。新しくも見たことのある、あの『スターウォーズ』だったのだ。

J・J・エイブラムスとはオマージュとリミックスの監督だと言えるかもしれない。『スター・トレック』の2作は言うまでもなく、2011年の『スーパーエイト』はスピルバーグ作品へオマージュで埋め尽くされていたし、初監督作品となった『ミッション:インポッシブル3』ではそれまでのデ・パルマ監督、ジョン・ウー監督の強すぎた個性を一掃し、オリジナルシリーズの特色だったチーム感を復活させその後の流れの基本を作った。悪く言えばオリジナリティがないとも言えるが、タランティーノ同様に単純なカット&ペーストではなく、あくまでドラマ性を優先した上でのリミックスを必要手段としている監督とも言える。

そして本作『フォースの覚醒』は本当に見事なまでの『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』の「リミックス」作品となっていた。

まず『フォースの覚醒』ではレイ、ポー、フィンという若き3名の主要キャラが『新たなる希望』におけるルーク、ハン・ソロ、レイア姫に、そして悪役としてはカイロ・レンがダース・ベイダーに相当している。また主人公をフォースの道に誘うメンターとして『フォースの覚醒』では 老いたハン・ソロが『新たなる希望』におけるオビ・ワンの役割を担っている。またオビ ・ワンの別名として使用されていたベンという名前は、カイロ・レンの本名であることも今後の展開を興味深く示唆してくれる。

もちろん主要キャラの3名に関しては役割も人物設定も単純な相当関係にはないが、それはあくまでも現代的な書き換えとして必要だった配置転換でもあり、ディズニーが近年力を入れている人種や性差問題への対応でもある。

それでもキャラクター設定や物語上の立ち位置では、レイ=ルーク、ポー=レイア姫、フィン=ハン・ソロという構図になる。エピソード4から6までの「正史」においてレイア姫を巡る禁断の三角関係が描かれように、『フォースの覚醒』で示唆されたレイとフィンの特別な感情はやがてポーとフィンの「禁断」の関係へ行き着くこともありえないことではないだろう。未だに白人男性が主人公に多く起用される大作映画にあって、『フォースの覚醒』では女性と黒人とラティーノで占められており、何より「実は親子」や「実は兄妹」という設定はもう使えないわけだから、続編で何が起きようとも心の準備はしておくべきだ。

しかし実際には新旧の主要3キャラクターは、『フォースの覚醒』において純粋に相関関係にあるのではなく、それぞれの要素を部分的に交換し合っていることがわかる。またカイロ・レン=ダースベイダー、ハン・ソロ(フォースの覚醒)=オビ・ワンという構図以外にも、最初から最後まで『新たなる希望』と『帝国の逆襲』の物語を踏襲するようなシーンの連続で、それは「セルフオマージュ」というサービスを逸脱して、ほとんどリメイク/リブートとも言えるような既視感で埋め尽くされている。

そして数ある『新たなる希望』と『帝国の逆襲』との相関関係のなかでも最も印象的だったこととは、物語の中心となる謎が『フォースの覚醒』では老いたルークの居場所であることだ。この古典的とも言える手法をあえて採用したことは今後のシリーズにどう影響するのか考えたい。

アルフレッド・ヒッチコックが自身の作品の推進力について語るときに度々持ち出される「マクガフィン」と呼ばれる設定がある。それはサスペンスなどを盛り上げるためのひとつの装置であり、物語上の謎でもある。スパイ小説や冒険小説において「宝の地図」や「機密文書」がマグガフィンとして多用されるが、ヒッチコック自身はマクガフィンとはただの空っぽな存在であり、重要なものはそれ自身ではなくそれを取り巻く様々な要素であると語っている。そして『フォースの覚醒』ではルークの存在そのものがマクガフィンとして作用している。

またこのマクガフィンというのは誰のものであってもいけない、という暗黙のルールがある。それは敵対関係にある両者のちょうど中間に転がっていなければならない。物理的にも精神的にもだ。そのバランスこそが物語の推進力となる。ルークは空っぽな容器であり、どこにも属していない。劇中で例えルークの居場所がわかったところでレジスタンスに加担してくれるとは限らないとセリフで言わせているのは、ルーク=マクガフィンの構図を連想させる。もちろん物語上でのマクガフィンとは様々に解釈することができるのだが、『フォースの覚醒』では例えば『ゴドーを待ちながら』に登場「しない」空白としての中心であるゴドーに近い存在としてルークの存在感は高められている。そして映画のラスト、待ちわびたルークの登場をもってしてもルークの立ち位置は明かされない。まだ彼は空っぽのままなのだ。最後までルークの存在感とはその不在性によってのみ引き延ばされている。

実はJ・J・エイブラムスが脚本を担当してきたこれまでの「リミックス」作品は往々にして物語の骨格は過去作から引用しながらも過去シリーズにはないマクガフィンを使用することで物語に新しい血を注ぎ込む手法で一貫している。『エイリアス』や『LOST』といったテレビシリーズでは物語上の謎=マクガフィンの説明を後回しにすることで人気を獲得してきたし、『SUPER8/スーパーエイト』でも結局はエイリアンの正体をしっかりと説明せずに幕を閉じた。そして『フォースの覚醒』でも新シリーズのマクガフィンをルークとして設定し、その謎を明かすことなく終えたことで続編の大ヒットも間違いない状況を作り出した。

しかし同時にこのマクガフィンという謎が物語の中心に位置することで、その周辺の登場人物の相関関係が密に描写されるという利点はあっても、物語が進むことで謎の存在が必要以上に膨れ上がり、事実が明かされた時にその期待値に答えきることができなくなってしまうという欠点もある。いわゆる尻窄み、もしくは大風呂敷ということになりかねないのだ。『フォースの覚醒』でそれぞれのキャラクターが非常に生き生きしていたのはまさにマクガフィン効果とも言えるが、今後より一層キャラクターの魅力が膨らむにつれて物語そのものの強度が不足することが懸念される。それはこれまで度々指摘されてきたJ・J・エイブラムスの悪癖でもある。

J・J・エイブラムスは少なくとも新シリーズの序章をほぼ完璧に作り上げた。数ある突っ込みどころも愛され続ける『新たなる希望』と結びつけたことで指摘するだけ野暮なものとして昇華させた。ファンが待ち望んだ『スターウォーズ』を作り、そして次作への期待を可能な限り煽ることに成功した。そして次作『エピソード8』ではJ・J・エイブラムスは製作に回り、監督と脚本を『LOOPER/ルーパー』のライアン・ジョンソンにバトンタッチする。そして三部作の最終作は『ジュラシック・ワールド』のコリン・トレヴォロウがメガホンを取ることも決定している。ライアン・ジョンソンとコリン・トレヴォロウという若い二人の監督にとって、先輩格のJ・J・エイブラムスが残していったマクガフィンの処理とは頭の痛い宿題となるだろう。

『フォースの覚醒』では空っぽの中心として物語を引っ張ったルークを次作ではどう処理するのか、その一点に新シリーズの成功の可否は委ねられたと言っても過言ではないと思う。少なくとも物語の序章としては本作に文句は何もない。しかし本当の困難はこれからの続編ということも間違いない。そもそもJ・J・エイブラムス作品の序盤はいつだって最高なのだ。問題は中盤から後半にかけての謎の回収にあって、この新シリーズにおいてその責任を回避したということは無責任というより自身の得意分野をわきまえた上での英断だったと思う。『LOST』みたいな『スターウォーズ』を作られたら死人が出てもおかしくない。

とにかくJ・J・エイブラムスは自分の役割を全うした。そして次を託されたライアン・ジョンソンとコリン・トレヴォロウの二人にかける言葉はこれしかない。

フォースの加護があらんことを。

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ということで『スターウォーズ/フォースの覚醒』のレビューでした。いやー、最高でした。何が最高ってオープニングからジーンとして、オマージュシーンを見つけるたびにまたジーン、レイの直向きさにシーン、ポーの格好良さにジーン、フィンの勇気にジーン、BB-8のかわいさにジーン、カイロ・レンのダメ息子ぶりにジーン、レイア(もう姫とは呼ばん)のずんぐり体型にもジーン、そしてハン・ソロの最後にジーンと、とにかくジーンとするシーンの連続で最高でした。それでも本文でも書きましたがこのハードル大丈夫かよと心配もしてしまいます。これほど高いハードルなら下を通りたくもなるだろうけど、ライアン・ジョンソンには頑張ってもらいましょう。早くDVDを手にしてメイキングが観たい。

Summary
Review Date
Reviewed Item
スターウォーズ/フォースの覚醒
Author Rating
5
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