映画レビュー『ボーダーライン』 -戦場化するアメリカ本土

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『ボーダーライン』

全米公開2015年9月18日/日本公開2016年4月9日/アメリカ/121分/クライム・スリラー

監督:ドゥニ・ビルヌーブ

脚本:テイラー・シェリダン

撮影:ロジャー・ディーキンス

出演:エミリー・ブラント、ベニチオ・デル・トロ、ジョシュ・ブローリン、ヴィクター・ガーバー他

あらすじ

メキシコとの国境地帯ではアメリカ側で麻薬組織による犯罪が広がっていた。FBIの女性捜査官ケイト(エミリー・ブラント)はアリゾナ州でその実態の恐ろしさを目の当たりにした。そして彼女は政府機関よりメキシコの麻薬組織のボスを逮捕するための特殊部隊にスカウトされる。そこではCIAのマット(ジョシュ・ブローリン)とメキシコ系のアレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)が秘密裏にメキシコ国内に侵入しては違法性の高い捜査を続けていた。

より大きな敵のために手段を選ばない特殊部隊の方針に反発しながらもケイトは任務に参加する。そして殺し殺される現場のなかで彼女は苦悩を深めていくのだった。

レビュー

前線が近づくにつれ悪化するアメリカの恐怖症:

現実に苛烈を極めるメキシコ麻薬戦争をアメリカ国境側から描いたクライム・スリラー『ボーダーライン/Sicario』は現時点(2015/09)では最もアカデミー賞に近い一つと言えるかもしれない。『ブレードランナー2』の監督にも大抜擢されたドゥニ・ビルヌーブ。ドゥニとのタッグも安定感を増すロジャー・ディーキンスが映し出す不穏な心象風景。その映像と物語レベルの深い部分で共鳴するヨハン・ヨハンソンの落ち着きない音楽。そして捜査官としての倫理と現実の過酷さに文字通り精神をすり減らす主役のエミリー・ブラント。謎の手引き人として現れる過去を背負ったメキシコ人を演じるベニチオ・デル・トロ。そして9.11以降のCIAを象徴するようなジョシュ・ブローリン。上記6名それぞれがオスカーにノミネートされても不思議ではない、と言えばロジャー・ディーキンスがいるため予言にもならないかもしれないが、とにかく最高品質の現代映画であることは間違いない。

正義感の強いFBIの女性捜査官はその経験を買われて特殊任務へと誘われる。そして実際にメキシコ麻薬戦争の内部に入っていくことで、彼女の正義感は自分を傷つけるナイフとなって彼女の胸を深くえぐり込む。

物語そのものはとてもシンプルで『ゼロ・ダーク・サーティ』と同様に戦場の倫理の「揺らぎ」を主題としている。また麻薬犯罪がウィルスのように社会を汚染していく様はソダーバーグの『トラフィック』にも通じる。目の前にある現実を前に、人は何を優先すべきなのか? 今手にしている銃を打てば打開できる状況があるとして、銃の使用を固く禁止する法律は尊重されるべきだろうか? 大切な人を殺した犯人に対して、法を超えた懲罰は認められるのか?

これらは別段現代的な問題というわけでもない。実際にダーティ・ハリーはもう40年前からずっとそのことを悩んでいるし、バットマンだって同じだ。結果ダーティー・ハリーはスコルピオに容赦しないし、バットマンもジョーカーとの決着を望む。しかし本作のエミリー・ブラント然り『ゼロ・ダーク・サーティ』のジェシカ・チャステイン然り、彼女たちの苦悩は男性ほど単純に線引きできない。いわゆるアメリカ的マチズモを間近で見てきた彼女たちにとって、法律を飛び越えた予防的暴力の必要性を任務としては理解できても、実際に自分が人を殺すとなれば簡単には割り切れない。しかし実際に彼女たちが立っている場所は、マチズモ的な報復によって犯罪や殺人が連鎖する文字通り戦場だった。

戦場で倫理や法律は意味を持つのか?

R指定の本作ではオープニングからいきなり生々しいシーンが登場する。他にもメキシコ麻薬戦争の被害者たちの写真がスクリーンに映される。一様に顔にビニール袋が巻かれ、そのなかで顔は潰れている。路上に投げ捨てられる死体だけでなく、裸にされて橋から吊られている者もいる。もちろん全てはメキシコの麻薬組織による連鎖的な報復行為の被害者たちだ。そしてその被害者たちもまた過去に加害者だった可能性がある世界。今のメキシコ(特に国境付近)は文字通り戦場になっている。

その戦場はアメリカ側からも目視できるほどに、すぐそこまで迫っている。

『ゼロ・ダーク・サーティ』において戦場はアメリカから遠く離れていた。あくまで精神レベルでの恐怖だった。しかし本作『ボーダーライン/Sicario』で描かれる戦場はアメリカのすぐ近くだ。今こうしている時間にもその前線ラインは徐々にアメリカ側へと侵蝕していく。その危機感と焦燥感に急かされるように男たちは「戦争」に加担し、女たちはそれが戦争なのか犯罪なのか答えを探そうとする。しかしそもそも両者を隔てる明確な定義があるわけではない。たとえ戦争と犯罪の違いが明確に定義付けされたとしても、被害者にとっては戦争は犯罪であり、犯罪もまた戦争になり得るため一般論など意味がない。そして戦場とは、そういった定義や意味を受け付けないという意味で無法な場所と言える。報復も復讐も違法行為もなんでもいい。目的が同じなら経緯や意図は考えない。こういった戦場の論理は現代のアメリカ社会にそのまま当てはまる。メキシコ国境に限らなくてもいい。NSAの盗聴問題とは結局のところアメリカが戦場化していることの証左と言える。

戦場が徐々に近づいてくるアメリカ。この恐怖感が本作の見えない縦軸として物語全般にわたり有効に機能している。緊張感は全く間延びしないし、途切れもしない。

ロジャー・ディーキンスらしい空撮の連続とヨハン・ヨハンソンの音楽がとにかく居心地の悪さを強調する本作。エミリー・ブラントをはじめとする俳優陣はそれぞれの「揺らぎ」を、善悪から遠く離れたそれぞれの決心として見事に演じきった。そしてそれらすべての要素を一本の映画として見事に再現したドゥニ・ヴィルヌーヴの手腕。これで彼は一気にデイヴィッド・フィンチャーの一歩後方に躍り出た印象で、このまま『ブレードランナー2』まで走り切ってもらいたい。

とにかく「スゴイ」映画を観たいのなら本作で決まり。文句なしの緊張感は巨大なスクリーンでこそ活きる衝撃作。

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ということでカンヌで絶賛された『ボーダーライン/Sicario』のレビューでした。ホラーやスプラッターとは一味違ったグロテスクな現実は必見です。それにしても恐るべしドゥニ・ヴィルヌーブ。ストーリーそのものは何てことはないのですが、緊張感の演出がとにかくうまいです。人物の設定、それぞれの揺らぎ、それに映像や音楽、これら全てのバランスが素晴らしい。10月に入りここから一気にアカデミー賞を狙った作品が公開されるなか、その先陣を切った形と言えます。すごい映画でした。おすすめです。

Summary
Review Date
Reviewed Item
ボーダーライン
Author Rating
5
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