シリーズ最新作『パージ:エレクション・イヤー(原題)』レビュー

シリーズ3作目となる『パージ:エレクション・イヤー(原題)』のレビューです。殺人を含むすべての犯罪が合法となる「パージ法」の廃止を訴える女性大統領候補が迎える恐ろしい一晩を描く。前作に引き続きフランク・グリロが出演し、恐怖の一晩をサバイヴする!

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『パージ:エレクション・イヤー(原題)』

全米公開2016年6月1日/日本公開未定/ホラー/109分

監督:ジェームズ ・デモナコ

脚本:ジェームズ ・デモナコ

出演:フランコ・グリロ、エリザベス・ミッチェル、ミケルティ・ウィリアムソン

レビュー

経済が崩壊した後に「新しい建国の父たち」を名乗る集団によって統治されるようになった近未来アメリカ。そこでは年に一回、殺人を含むすべての犯罪が合法となる「パージ法」が設けられ、この間、すべての公的サービスは停止された。「パージ法」が制定されたことで国民の不満は解消され、犯罪率や失業率が低下し、アメリカは復活しようとしていた、、、、

という社会的な寓意とスリラーを混ぜ合わせたような設定で大ヒットしたシリーズの3作目となる『パージ:エレクション・イヤー(原題)』はアメリカ大統領選挙が行われる2016年に公開されたことで、これまで以上に「社会的な寓意」としての意味合いが色濃く反映されていた。

「新しい建国の父たち」によって支配されたアメリカでは、殺人さえも正当化されてしまう「パージ法」の有益性が喧伝され、たった一晩の無法状態は世界中から「パージ・ツーリスト」と呼ばれる殺人願望を持つ人々まで集めるまでになっていた。そんななかアメリカ大統領候補として徐々に支持を拡大していたのが女性議員のローアンだった。子供の頃に「パージ法」によって両親を目の前で殺された経験を持つ彼女は、「新しい建国の父たち」によって作られた「パージ法」の有益性に異議を唱え、その廃止を公約にして大統領選に立候補していた。

前作『パージ:アナーキー』で一時は復讐のために「パージ法」を利用しようとした警察官レオは、ローアンの警備主任となっていた。

そして大統領選も佳境に向かおうとする時、毎年恒例の無法の夜がやってきた。対立する「新しい建国の父たち」から放たれる刺客たちに追われながら、ローアンとレオは、様々な立場から「パージ法」と戦う民衆たちと手を取り合って、その夜を生き抜こうとする。

The Purge Election Year cast

アメリカを理解しようとする上で宗教は欠かせない。

一方でアメリカは国教というものを持たない。1776年の独立時にはすでに、様々な宗教や宗派の人々によって形成されていた社会が存在しており、憲法に「国教」という存在が明記されることはなかった。だからアメリカでは公的な場所での特定の宗教的行為は忌避される。つまりアメリカは宗教による国民統治という役割を建国と同時に放棄しているとされる。合衆国憲法に署名したいわゆる「アメリカ合衆国建国の父」の間では圧倒的にプロテスタントが多かったが、第三代大統領トマス・ジェファーソンのように神学に精通した者であっても、キリスト教(プロテスタント)の国教化には反対したものが多かった。

この決定はその後の「開かれたアメリカ」の方向性を決定することになる。「国教を持たないアメリカ」は既存の宗教に支配されない強みを背景にして国家の多様性を獲得していく。

しかし「アメリカには国教がない」という表現は半分正しくても、半分は不十分だとも言える。確かにアメリカ合衆国憲法には国教に関する記述はない。キリスト教もユダヤ教も、アメリカの国教ではない。ただしその事実が必ずしも「アメリカには国教がない」という状態を指すわけではない。例えば裁判時には聖書に手を置いて宣誓することを求められる。これに背いて嘘の証言をすれば偽証罪という重い 罰が課せられる。そして大統領就任式では「プロテスタント的」な儀礼が行われる。そこでは皆が神に宣誓する。

つまりアメリカには国教が存在していなくとも、神は存在している。これは甚だしい矛盾で、神があるところには宗教があり、宗教があるところには神がいる必然に則って正しく表現すると「アメリカには既存の宗教としての国教はない」ということになる。つまり「キリスト」とか「ユダヤ」とか「イスラム」という言葉が与えられていないだけで、アメリカには純然と国教が存在する。アメリカの宗教学者ロバート・ベラーはそれは「キリスト教と並行的に存在するアメリカの市民宗教」と定義し、神学者の森孝一は「見えざる国教」と呼ぶ。

『パージ:エレクション・イヤー(原題)』にはアメリカの「見えざる国教」としての宗教観が色濃く反映されている。表向きアメリカでは、様々な宗教を持つ人々を星条旗のしたで結びつけているのは「自由」だと言われている。誰にでも信仰の自由が認められ、どの宗教も自由に活動できるからこそ人々は宗教の違いを超えて結びついていると言う。でもこれは間違いだ。正しくはアメリカにはアメリカだけで通用する「宗教」が存在し、それを通して人々は結びつけられている。

そして本作ではこの「見えざる国教」を定義するのが「新しい建国の父たち」であり、表向きは自由の象徴として機能しているとされる「パージ法」とは、その宗教儀礼としての意味を持つ。もちろん映画内における「見えざる国教」と現実のアメリカのそれとは全く違うものだが、寓意としては深く結びついている。

The purge election year

このシリーズで一貫する「パージ法」という設定も、表向きは貧困層のための祭りとされているが実際にはアメリカを支配するエリート層による貧困層の静粛と敵対者の排除にあることが描かれる。これを現在の大統領選に重ねると、トランプが先導する反エリート運動が、社会革命という運動から大きく逸れて、実のところは単純に反知性的な宗教保守に結びついているだけの現状とどこかでリンクする。ただ単純に支配者を別の誰かに置き換えただけで、状況が良くなると信じているアメリカ人の反知性ぶりを我々日本人が嘲笑することもできないが、それでも舞台がアメリカである以上、暴走した時の壊れっぷりも日本の比ではないので心配になる。トランプを支持する大衆の多くは、彼がアメリカを再び強くし貧困層を救ってくれると願っているのだろうが、トランプとその仲間たちが「新しい建国の父たち」に成り代わろうとしているとは考えつかないのだろう。

、、、ここまでで作品そのものの評価とは随分と離れてしまったが、この「パージ法」という社会的な寓意を、現実的な大統領選の不気味な熱狂に重ねたことで過去作よりも色々と深読みもできる作品となっていた。ただし一本の映画としてはこれまで同様にシチュエーション一発のホラー・スリラーという枠から飛び出すこともなく、スラッシャー描写も生ぬるい。ギロチンの見せ方とかはレーティングを意識しながらうまく演出していたが、この手の映画ではやはり直接的に人が生き死にする瞬間を見せてもらわないと、状況の異常さがなかなか伝わってこない。痛みが少ないのだ。

それでも本シリーズの面白いところは登場人物が徐々に入れ替わりながらシリーズが続いていることで、本作の脇役にも次では主役となりそうなキャラクターが登場している。シリーズのファンにはしっかりと楽しめ、2016年11月8日の大統領選挙の怖〜い未来予想としても興味深い作品なっていた。

『パージ:エレクション・イヤー(原題)』:

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