映画『イーグル・ジャンプ/Eddie the Eagle』レビュー

タロン・エガートンとヒュー・ジャックマン共演のスポーツコメディ『イーグル・ジャンプ/Eddie the Eagle』のレビューです。1988年のカルガリー冬季五輪にイギリス史上初のスキージャンパーとして参加したマイケル・エドワーズの不屈の五輪精神を描く実話ベースの物語。

Eddie the Eagle Movie Poster 2

『イーグル・ジャンプ/Eddie the Eagle』

全米公開2016年2月26日/日本公開未定/コメディ/105分

監督:デクスター・フレッチャー

脚本:シーン・マコーレー、サイモン・ケルトん

出演:タロン・エガートン、ヒュー・ジャックマン、クリストファー・ウォーケン、ほか

レビュー

近代オリンピックの創立者であるピエール・ ドゥ・クーベルタン男爵の「オリンピックは、勝つことではなく参加することに意義がある」という有名な言葉には続きがある。教育者でもあったクーベルタンが、1908年のロンドン五輪の際にイギリスとアメリカの対立感情が激しく状況に対してセント・ポール大聖堂のタルボット大主教が発した融和を求めるメッセージを引用する形で発した言葉のため、勝利だけが優先されることの危うさを諌める内容になっている。その続きとはこうだ。

人生もまた成功することではなく奮闘することにこそ意義がある。重要なのは相手を打ち負かすことではなく、戦い抜くことにある

実在のイギリス人オリンピア、マイケル・エドワーズの伝記的な物語『イーグル・ジャンプ/Eddie the Eagle』は今では化石のようになってしまった近代オリンピックの精神を通して、戦い抜くことの尊さをユーモアたっぷりに描いた作品だった。

マイケル・エドワーズことエディーは、幼少の頃からオリンピックに出場ことを夢見て育った。ド近眼で運動神経に秀でたわけでもない彼だったが、「オリンピアになる」という夢を疑うことを知らずに周りから嘲笑されようとも、棒高跳びを試したり、重量挙げに挑んだりと、挑戦し続ける日々を送っていた。それでも彼はアスリートにはなれず、左官職人として父親の仕事を手伝いながらも、夢を諦めることはなかった。

そんなある日、彼にすごいことを思いつく。そう、オリンピックは夏季だけじゃなく冬季もある!

こうしてスキーの練習を始めたエディーは、イギリスではスキージャンプが全く行われておらずこれまで五輪に選手を派遣したこともないことを突き止める。思ったら即行動のエディーはドイツの練習場まで向かい、はじめてスキージャンプを飛ぶことになるが、危険の伴うスポーツのため、やがて彼は大怪我を負ってしまう。

誰かに教えてもらわなければ、と思ったエディーはスキー場で働いていた飲んだくれのアメリカ人元スキージャンパーをコーチとすることを勝手に決める。すべてはオリンピックに出るため! エディーは夢の実現のために戦い抜くことを決意するのだった。

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牛乳瓶の底みたいな眼鏡をかけ、ずんぐりむっくりの労働者体型のエディーが如何にしてオリンピック選手となったのか。本作はほとんど素人のエディーがスキージャンパーとして実際にカルガリー冬季五輪に参加する経緯を、映画的な脚色を加えて描くコメディ。『キングスマン』のマシュー・ヴォーンが製作に名を連ね、バカ正直で憎めないエディーを『キングスマン』ではヒップな若者を演じたタロン・エガートンが愚直に演じる。そして彼のコーチ役としてヒュー・ジャックマンも出演。選手といては挫折と失敗を経験した飲んだくれのアメリカ人コーチの姿がエディーと並んで描かれることで、実話ベースの伝記的映画という側面だけでなく、前述した「戦い抜くことの重要さ」のテーマが際立つことになる。

エディーの夢はオリンピックに出場すること。しかし映画ではオリンピック出場ではなく、カルガリー五輪で戦うエディーの姿をクライマックスと設定しているため、彼が少年時代からずっと温め続けてきた夢そのものは物語上では案外あっさりと達成されてしまう。もちろん障害は山ほど出てくるのだが、そのひとつひとつを乗り越える苦闘そのものは深く描かれない。まるでRPGのゲームみたいに、ひとつの問題がクリアされると、次の問題が提示され、そしてそれを乗り越えるとまた問題が登場する。おかげで上映時間中の笑いは絶えないし、退屈することもない。

その代わりに最後のクライマックスの盛り上がりは半減する。物語そのものに用意された盛り上がりは、序盤から何遍なく用意された問題解決のために先食いされ、クライマックスの盛り上がりは予定調和のなかで完結してしまう。

この本作の構造上の問題は音楽から見てとることができる。80年代を舞台にした映画らしく、打ち込みのビートにシンセサイザーを合わせたダンス調のサウンドトラックが物語を彩るのだが、途中からヴァン・ヘイレンの『ジャンプ』を想起させるような音楽が何度か続き、そしてラストになってやっとエドワード・”エディー”・ヴァン・ヘイレンのキーボードのイントロがはじまる。ここがクライマックスですよ、と念を押されるような格好なのだ。

「競技人口の少ない競技でのオリンピック出場」という誰もが一度は考えたことがあるだろう無謀な夢を実現したマイケル・エドワーズの人生とは、映画で描かれる通り困難との戦いの連続だったのかもしれない。しかしそれでは映画にならない。なったとしても『ロッキー』のようなクライマックスにはならない。

映画では描かれることはないが、1990年、このマイケル・エドワーズの登場を契機となって国際オリンピック委員会(IOC)は、「エディ・ジ・イーグル・ルール」とも呼ばれるルールを定める。国内でトップだとしても国際大会での上位記録がオリンピック出場には必要だというもので、隙間競技でのオリンピック参加を事実上禁止するものだった。しかしマイケル・エドワーズは諦めなかった。92年のアルベールビル、94年のリレハンメル、そして98年の長野とエディーはオリンピック出場を挑戦し続けるも、2度目のオリンピック出場は叶わなかった。しかし彼は諦めなかった。戦い抜いたのだ。

クーベルタン男爵が言うように、人生もまたオリンピック同様に戦い抜くことこそが重要だとするのなら、叶わなくとも挑戦し続けたマイケル・エドワーズの2度目のオリンピック出場に向けた戦いこそが本作のクライマックスであるべきだったように感じた。そうすればヒュー・ジャックマン演じるアメリカ人元スキージャンパーの挫折とそこからの復活というプロットも生きただろう。

タロン・エガートン演じる不屈のエディーとその家族の関係や、彼を嘲笑しつつもどこかで彼を応援もしている他国のスキージャンパーなど、魅力的な登場人物が多かっただけに、本作の非映画的な構造が悔やまれる。

『イーグル・ジャンプ/Eddie the Eagle』:

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Summary
Review Date
Reviewed Item
イーグル・ジャンプ/Eddie the Eagle
Author Rating
3
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