映画『高慢と偏見とゾンビ』レビュー

ジェーン・オースティンの古典「高慢と偏見」にゾンビの要素を取り入れベストセラーとなったセス・グラハム=スミスの同名小説の映画化『高慢と偏見とゾンビ』のレビューです。ゾンビの脅威が迫る19世紀イギリスを舞台に、ベネット家の5人姉妹は王子様のような貴族男性と結婚することを願いながら、日々ゾンビ殺しの腕を磨いていた。主演はリリー・ジェームズ。

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『高慢と偏見とゾンビ』

全米公開2016年2月5日/日本公開2016年9月30日/ゾンビ/108分

監督:バー・スティアーズ

脚本:バー・スティアーズ

出演:リリー・ジェームズ、サム・ライリー、ジャック・ヒューストン、ベラ・ヒースコート、ダグラス・ブース

レビュー

まずは本作の元ネタであるジェーン・オースティンの『高慢と偏見』は好き嫌いは別にして語り甲斐のある小説であることは間違いなく、ちょっと面倒なことになりそうなのでまず要点だけ乱暴かつコンパクトに説明してしまうと「結婚とは?」という命題を女性視点から描いた古典小説なのだが、これが面白いのが現代の視点で見ればほとんどホラー・コメディみたいな作品だということ。

サマセット・モームが選ぶ世界の十大小説にも選ばれるほどの傑作なのも頷くほどに登場人物の心理描写は巧みで、「結婚」という悪魔による発明品を、時には滑稽に時には神聖なものとして描き、その風習のなかで揺れ動く女性たちの姿は時代を超えて多くの女性から共感を得ている。時代ごとに映像化も試みられ、近年ではキーラ・ナイトレイ主演作や古くはローレンス・オリヴィエ主演のコメディ風作品も有名だ。でもそれはあくまで「結婚」と「女性」の関係性を主題とした場合にのみ本作はドラマとしての価値が深まるわけで、プロットをひとつひとつ取り出してみると前述したようにホラーのように怖くもあり、コメディのように滑稽でもある。

結婚しなければ家が滅びるどころか一家まとめて路頭に迷う。そんな弱肉強食の世界を舞台に、古典小説『高慢と偏見』を今風に解釈すれば「生死をかけた婚活戦争最前線」ということになるだろう。

そんなわけで血みどろの婚活戦争にゾンビを持ち込むという設定は、奇抜ではあれ、考え抜かれた変化球と言えなくもない。

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ジェーン・オースティンの『高慢と偏見』と同じように本作『高慢と偏見とゾンビ』にも特筆するようなストーリーのひねりはない。タイトルにある「高慢」と「偏見」というバイアスによって本当の愛が曇ってしまうというだけのお話。そこにゾンビ設定が加わっている。

18世紀イギリスはゾンビウィルスが蔓延し、壊滅状態になっていた。イギリスの田舎に暮らすベネット家の5人の姉妹は外に自由に出歩けないストレスをゾンビ殺しの特訓で発散していた。おかげで長女のエリザベス(リリー・ジェームズ)以下ベネット家の姉妹たちはクンフー、剣術、棒術等に秀でた立派な戦闘少女として育っている。そんなある日、隣の屋敷に独身貴族が越してきて、それに合わせてゾンビが屋敷に潜んでいるという噂を聞きつけた軍人ダーシーが調査のためにやってくる。

これは娘たちの結婚相手探しにもってこいとばかりに母親は娘5人を社交界に連れ出すのだが、そこにゾンビが襲来。ベネット家の姉妹はコルセットからサーベルを抜いて勇猛果敢にゾンビどもを斬り殺していく。

そんな状況下でエリザベスとダーシーは出会うも、二人は偏見と傲慢とゾンビのせいで反発し合うことになる。

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主演リリー・ジェームズの存在感や、古典文学・ミーツ・ゾンビの設定など面白くなりそうな気配があったのも確かだが、中盤以降は一貫して退屈だった。というのも血みどろの婚活戦争とゾンビとの相性は良さげだが、本作では『高慢と偏見』にあった婚活戦争という側面は控えめになり、恋愛文学にゾンビを持ち込んだだけの映画となっている。もちろん日本語版予告編にあるような文芸作品風のトーンをパロティしながら一気に血みどろのゾンビ戦に突入するあたりはなかなか見ごたえあるが、面白いのは最初だけの「出落ちシチュエーション」でもあって、そこからは見飽きたようなゾンビ映画のひとつと成り果てる。

世間知らずの箱入り娘たちが男勝りの格闘センスでゾンビを滅多殺しにする。言わば『キル・ビル』や『エンジェル・ウォーズ』の「いいとこ」だけを文芸作品に移植したわけなのだが、とにかく食い合わせが悪い。途中から何をやっているのかわけがわからなくなる。『高慢と偏見』にあったような女性としての自立問題を通して、巡り合った男性との本当の愛の姿を描こうとしているのかもしれないが、そういった文芸的なテーマとゾンビ関連のプロットが全くリンクせずに、結局はそれぞれの足を引っ張った結果、作品としての訴求力が徐々にすり減らされていく。おかげで最後には何も残らない。面白くもないし、興味深くもない。

19世紀初頭に書かれた『高慢と偏見』はひとりの女性が封建的で貴族的な価値観が生み出す高慢と偏見を乗り越え、新たな結婚像を勝ち取るという土台があったが、本作ではそういった葛藤やバックグラウンドはほとんど描かれずゾンビが出てくる「シンデレラ」物語に終始してしまった。設定に真新しさはあれど、中身は驚くほどに古臭い。

セス・グラハム=スミスの原作小説(『高慢と偏見とゾンビ』)では、文芸的なスノビズムをおちょくるために「カンフー」や「ニンジャ」や「少林寺」を登場させつつ血みどろのアクションを描くことで、文芸的なあま〜い恋愛劇とのギャップが楽しめるようになっているのだが、そういった遊び心も映画では多くが割愛されている。

ゾンビと恋愛を同じ鍋でぐつぐつ煮込む作品とは違い、本作はゾンビと恋愛を別々に調理し最終的に同じお皿に盛っただけの作品だった。結果、恋愛がゾンビ要素を制限し、ゾンビが恋愛要素を制限する。

作品の「売り」の部分が足をひっぱるようでは話にならないのだ。

『高慢と偏見とゾンビ』:

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Summary
Review Date
Reviewed Item
高慢と偏見とゾンビ
Author Rating
2

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