【映画】吉田大八監督最新作『紙の月』レビュー

『桐島、部活やめるってよ』で日本アカデミー賞を受賞した吉田大八監督最新作『紙の月』のレビューです。角田光代のサスペンス小説の映画化で、巨額横領と不倫という泥沼にはまりながらも一瞬の輝きのために疾走する主婦を宮沢りえが熱演。第27回東京国際映画祭で観客賞と最優秀女優賞を獲得。金と自由のために暴走する主婦を清々しく疾走させた秀作。2014年11月15日公開。

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■ストーリー■ ※ネタバレなし

舞台はバブル崩壊後の1994年。梅澤梨花(宮沢りえ)はどこにでもいる平凡な主婦。家計の足しになればと銀行員のパートとして働きだす。物腰の柔らかい態度と親切な対応で、難しい顧客とも契約を取る付けることに成功するなど、上司からも信頼されるようになっていく。一方で梨花は一見すると何不自由ないはずの家庭に孤独感も感じていた。夫は穏やかながらも、妻である自分をないがしろにするような言動をよくとった。

ある日、新規契約を取るために資産家の家に訪れていた梨花は、その主人からセクハラまがいの行為を受ける。気の弱い梨花がはっきりとした拒否を示せないなか、その資産家の孫である平林光太(池松壮亮)が割って入ってくれたおかげで難を逃れた。

自分が仕事で社会に出ることで周りから“見られる”ことを意識し出した梨花は、ある日、これまで買ったことのない高価な化粧品を買うのにお金が足りず、営業で預かった顧客の現金で不足分を一時的に払ってしまう。その後、すぐにお金を下ろして補填するも、その瞬間に彼女のなかで何かが少しだけ分かってしまう。

そして仕事からの帰り道、梨花は光太と再会する。そしてホテルへと向かう二人。

日々の空虚感を埋めるために始まったふたりの関係は、やがては巨額横領事件へと発展。正しいこととは何なのか、自由とは、金とは一体何を意味するのか。それら全ての問いを背負ったまま梨花は袋小路を飛び越えるために疾走を続ける。

■レビュー■

本作は第27回東京国際映画祭のコンペティション部門に出品された作品で、観客賞と最優秀女優賞を見事に受賞した。今年のラインナップの特徴としては、女性を主題にした作品が多く、主要部門で受賞した作品で見ても主演男優賞を除けば、全てが女性を主役とした映画だった。それ以外でも女性の生き方を問う映画がコンペやワールド・フォーカス部門などで非常に目立った。似たようなテーマが並ぶことで作品の個性を強調するのが難しくなるなか、本作『紙の月』のシリアスな設定ながら日本特有のじめりと湿った集団内部の空気感を、驚くほどに爽快なスピード感とブラックな笑いで描いた、他に類のない作品となっていた。

まず前作の『桐島、部活やめるってよ』で極限まで描かれた学校という共同体におけるヒエラルキーとその脆さへの乾いた視線は、本作では銀行というこれまた特異な集団に向けられている。学校とは違い、皆が経験したことのある空間ではなく、誰もが遠くからは眺めたことのあるという位置関係の違いはあれど、集団内部を構成する人々の関係模様を少しのセリフとちょっとした仕草や視線だけで描いてみせるのは、さすがの一言。宮沢りえ、小林聡美、大島優子と世代、経歴ともに混じることのない3名の女優が、微妙に行き違いながらも、結局は底の部分で繋がっていることが描かれ、前作が広がりの関係性を描いていたのに対し、本作は多層に重なる関係性が、「金」や「自由」や「世間体」といった言葉によってあぶり出されていく過程が圧巻だ。

物語が進むことで、ひりひりとした終末への期待感が高められるなか、同時に犯罪者としての主人公の行動の意味も純化されていく。主人公の愚かさにフォーカスした映画となってもおかしくないところを、この主人公の行動を、社会や倫理や常識といった言葉で断罪しようとする人々を徹底的に拒否する意思を本作から感じる。特にラスト、主人公がとうとう袋小路に追い込まれたと思いきや、そこからさらに主人公に疾走させる演出には、善悪の逆転に思わず喝采しそうになる。

ただし不満な点もある。まず1994年という時代の描き方が中途半端だった。その時代を象徴するガジェットを登場させはするが、現代と変わりのない風景もあり、鑑賞中にこれがいつの時代を舞台にしているのかわからなくなることもあった。しかしこれはおそらく演出の一貫なのだろうが、それならいっそのこと時代背景を無視すれば良かったと思う。

そして一番の問題としては宮沢りえが脱いでいないことだ。これは作品単体として見ればさほど違和感ないのだろうが、今回の東京国際映画祭で観た映画の多くで女優がヌードになっているなか、セックスシーンを映画の主要なファクターとする本作で、「乳首は絶対見えません」的なカメラワークをされると一気に作品のトーンが作り物っぽくなる。これは同映画祭で他の日本映画にも見られたことだが、セックスシーンを撮るならおっぱいくらいは出さないと白ける。別にそういうのが観たくて仕方ないと言う訳ではなく、映画祭に取り上げられるような海外の映画ではセックスシーンンにおけるヌード描写は最低限のリアリティ・ラインとなっているのだ。

こういった批判も真正面から受け止めることができるような日本映画の最高峰ともいえる作品。吉田大八監督の映画監督としての作家性がここではっきりと結実したと言えそうだ。

2014年11月15日公開。これは邦画として必見です。

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