映画レビュー|『モンスターズ/新種襲来』-戦場を象徴するモンスター

『ゴジラ』のギャレス・エドワーズによる長編デビュー作品『モンスターズ/地球外生命体』(2010年)の続編となる『モンスターズ/新種襲来(Monsters: Dark Continent)』のレビューです。安易な企画から製作されたオリジナルを食い潰すだけの続編では全くなく、オリジナルの特徴的なモンスター設定を引き継ぎつつも、戦場と個人の狂気と荒廃の心象をモンスターに投影した衝撃的な作品。これほど美しく、残酷で、気が狂いそうになるモンスター映画が他にあったでしょうか。

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モンスターズ/新種襲来(Monsters: Dark Continent)

全英公開2015年5月/日本公開2016年1月9日/イギリス映画

監督:トム・グリーン

脚本:ジェイ・バス

出演:ジョニー・ハリス、サム・キーリー、ジョー・デンプシー他

製作総指揮:ギャレス・エドワーズ

あらすじ

NASAの探査機が大破したことで地球にやってきた謎の地球外生命体。前作『モンスターズ/地球外生命体』ではメキシコで増殖を続けたタコ型のエイリアンは、10年後にはさらに増えることになった。そしてそのエイリアンは一般世界でさほど珍しいものではなくなっていた。

モンスターの活動圏は「ID/汚染地域(Infected Zone)」と呼ばれ、世界中に拡散し、その地域は米軍がテロリストと戦う中東地域にも及んでいた。テロとモンスターの両者と戦う米軍は疲弊し、さらなる兵士を必要としていた。

荒廃したデトロイトに暮らす若者たちにとって戦場しか行き場はなかった。そして5人の仲間たちは中東に派兵される。テロリストの他にタコ型の巨大な生物が生息する砂漠での経験は、新米兵士たちにとってはそれはゲームのようにしか思えない。

そんな彼らにもミッションが下される。行方不明になった米兵の捜索のために「ID/汚染地域」に向かうのだった。そして彼らはそこで戦場の本当の姿を知ることになるのだった。

何が敵で味方なのか、自分は正義で奴らは悪なのか、そしてモンスターとは何なのか。答えの出ない問いのなかで兵士たちは戦場の苦悩に放り込まれ、やがては本当の狂気を知ることになる。

レビュー

戦場の狂気と荒廃を象徴した新しいモンスター像:

後に『ゴジラ』や『スターウォーズ』のスピンオフを監督することになるギャレス・エドワーズが2010年に低予算で監督した『モンスターズ/地球外生命体』はこれまでのモンスター映画とは違い、モンスターを物語の背景に置くことでその世界に生きる人々の心象風景を鮮やかに描き出した快作だった。人間とモンスターの行為をあえて分離することで安易な善悪の判断を拒否し、モンスターの象徴性を高めるその方法論は『ゴジラ』でも活かされた。

そのようにオリジナルが新鮮で秀逸であるほどに続編は難しく、ともすればオリジナルの評価までもが安易なシリーズ化作品というイメージで汚染しかねない。本作『モンスターズ/新種襲来』にもその恐れはあったし、実際に映画の中盤まではインディー映画の悪例としてのポップさや過激さに逃げるこむような仕草が散見され、やはりそうだったのかという落胆の準備をしていた。

しかし後半になるとそんな疑念は消え去った。これが驚くほどにスゴかった。これほどまでに美しく、衝撃的な、荒廃がもたらす狂気を描いたモンスター映画が他にあっただろうか。『ハートロッカー』よりも過激に戦場の狂気を描き、『ミスト』のように観客を突き放し、『クローバーフィールド』のように巨大モンスターを見上げる映画なんて、これまで観たことがない(あったら教えてください)。

本作はR指定映画ということでかなり際どい残酷描写が多く用意されているが、そのほとんどはモンスターによる惨劇ではない。残酷で目を背けたくなるようなシーンは銃によって殺される人々であり、RPGによって破壊される兵士の姿であり、誤爆によって焼かれた子供達の死体の群れだ。前作ではモンスターの存在を背景に置くことで、報われない想いをロードムービー風に描き出したが、本作でモンスターの存在を通して炙り出されるのは、世界の荒廃と戦場の狂気である。前作ではモンスターの存在にアメリカの第三世界に対する傲慢な態度を象徴させていたが、本作ではその舞台が中東ということで、テロとの戦いをモンスターで象徴するのだろうと安易に決め込んでいると、激しいしっぺ返しをくらう。そんな安っぽい象徴性は本作では描かれない。もちろんアメリカのイラク戦争やその後の中東戦略の皮肉もそこには含まれているものの、物語の終盤にはさらに抽象度を高めて、モンスターは戦場での狂気や荒廃の心象として立ち現れる。

少し話が逸れるが、モンスターと怪獣の違いとは何だろうか。確かギレルモ・デル・トロが「モンスターは人類の脅威であるが、怪獣は人類にとって味方にも敵にもなる善悪を超えた存在」と語っていたことを思い出す。この言説に則れば、モンスターと怪獣の違いは、それら自身の独立した理由に由来するのではなく、あくまで個別的立場からの視点でのみ隔てられることになる。つまりその物体は、認識する世界側の心理状況によって大きく変わるということだろう。例えば、言われなき理由で暴力的に支配された世界の住民にとって異星から現れた巨大な生物は時として神(≒怪獣)となり得るも、支配側の権力にとってそれは自らの支配を揺るがすただの脅威(≒モンスター)でしかない。

この「モンスター」と「怪獣」の認識差をうまく利用したことが本作の白眉だ。それは単純に米軍と現地住民にとっての認識差を示すものではなく、この世界の狂気を知った者と気がつかなかった者とに分けられる認識差だろう。狂気を知り荒廃を抱え、善悪の観念を失った者にのみ、その怪獣は神のごとき存在として畏敬される。一方で戦場に大義があると信じ、自分が属する狂気を無視し続けている兵士やテロリストにとってはモンスターはただの脅威でしかない。それは美しも荘厳でもなく、ただ醜く得体の知れないものでしかない。そして我々観客は、描かれる戦場の狂気や荒廃へ、登場人物同様に正常側から跨ぎ到達することが許されている存在だから、そのタコのような異形の物体がただの脅威としての「モンスター」から理解を超えた畏敬の「怪獣」へと変質する過程を経験することができる。それは1954年の『ゴジラ』が怪獣王と呼ばれる理由と同じではないか。「怪獣は日本でしか描けない」という僕らの自尊心はもう滑稽でしかないことを思い知った。戦場を知らない日本人には絶対に描けない、人間の狂気を象徴する怪獣が確かに存在した。善と思った行為が信じられなくなり、悪と思ったものに救われ、善と思ったものが倒すべき相手であり、悪と思ったものにとっては自分たちこそが悪だった。善悪の境界を失った時に、怪獣は出現する。

本作は作品としては荒削りな部分が多い。鳩や馬といった象徴性の高い動物の映像をやたらとカットバックしてくるのは過剰な意味づけに感じるし、モノローグも不要だ。欠点は他にもたくさんある。しかしそれは前作にも言えることで、それでもギャレス・エドワーズという期待の若手監督が生まれたように、本作からも次世代のクリエーターが登場する可能性を強く感じた。事実、脚本のジェイ・バスという名前に聞き覚えがあると思ったら、彼はソニーが映画化を決定している『メタルギアソリッド』の脚本家に抜擢されたハリウッドの注目株だった。それも頷くほどに、本作のストーリーは映像と深くリンクする形でこれまでにない深度を獲得している。

その生々しい戦場描写や救いのないストーリー展開のため決して一般受けする映画ではない。しかし本作をオリジナルの成功に乗っかっただけの安易な続編だろうという思い込みがあるのなら(僕もそうだった)、そんなものは忘れてもらいたい。この映画を作った人々はまだ若いが、そこには野心とヴィジョンがしっかりとあった。モンスター(怪獣)のCGも頑張っているし、退廃的な前半部のイメージから、最後には一転して美しく詩的な世界観へと様変わりするも見事。

衝撃度だけで判定すれば、今年観た映画のなかでベストだと断言できる(2015年5月段階)。

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ということで『モンスターズ/新種襲来』のレビューでした。ネタバレはしません。本文でも書きましたが、そもそもは大好きな2010年の前作と比べてボロクソに言ってやろうという当たり屋根性丸出しで観に行ったのですが、結果、完全にヤラレました。前作とは無関係のように見えて、モンスターの立ち位置と描き方はしっかりと踏襲しています。それでいて、続編でしか描けない世界にまでしっかりと到達しています。海外の採点サイトでは散々な点数と感想が並んでいますが、そんなの無視です。低評価の外国人ひとりひとりを「俺は絶対にお前らよりも怪獣が好きだ」とど突いて回りたいくらいです。でも日本ではまず劇場公開されないでしょう。手足とか吹っ飛びますし、残虐描写のオンパレードですから尚更です。でもDVDではお見逃しなく。欠点もあれど、これ、本当にスゴイですよ。星4つですけど、衝撃度は100万でした。

追記:本作『モンスターズ/新種襲来』は2016年1月9日より東京・新宿シネマカリテほか全国でロードショーが決定しました。

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