【映画】1981年公開『マッドマックス2』レビュー

30年ぶりとなるシリーズ最新作『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の公開を記念して、1981年公開『マッドマックス2』のレビューです。前作の大ヒットを受けて大幅にヴァージョンアップした本作は、その世紀末的描写からアクション映画の枠を飛び出し世紀末ヴァイオレンス作品として多くの作品に影響を与えることとなる。漫画『北斗の拳』は本作の世界観をほとんど踏襲している。前作を超えるシリーズ最高傑作。

NewImage

マッドマックス2/Mad Max2: The Road Warrior

1981年公開映画

監督:ジョージ・ミラー

脚本:テリー・ヘイズ、ブライアン・ハナント、ジョージ・ミラー

出演:メル・ギブソン、ブルース・スペンス、マイク・プレストン、ケル・ニルソンなど

音楽:ブライアン・メイ(※クイーンじゃない)

ストーリー

二国間の戦争をきっかけに、世界は炎に包まれた。石油は枯渇し世界は荒廃するも、人類は死に絶えていなかった。

凶悪な暴走族の手によって妻子を失ったマックス・ロカタンスキー(メル・ギブソン)は愛犬ととも愛車「V8インターセプター」に乗って荒野をさまよい、襲い来る暴走族を蹴散らしては、ガソリンを補充しあてのない旅を続けていた。

途中、小型ヘリを操るジャイロ・キャプテンと出会ったことから、近くに石油掘削施設があることを知らされたマックスはガソリンを補充しようとするも、そこはヒューマンガス(ケル・ニルソン)というフェイスマスクをつけた怪人をリーダーとする暴走族の襲来にさらされていた。

石油施設のリーダーであるパッパガーロはマックスにガソリンを与える交換条件として石油を運び出すために必要なトレイラーを探すことを依頼。キャプテン・ジャイロの助けもあってトレイラーを施設に持ち込むことに成功したマックスだったが、ガソリンを満タンしたインターセプターで旅に出ようとしたところを暴走族に襲われ、愛犬とインターセプターを失うこととなる。

傷を負ったものの何とか施設に帰還したマックスだったが、今まさに暴走族は石油施設へ大規模な攻勢をしかけようとしていたところだった。再び復讐のために立ち上がったマックスはトレーラーの運転を買って出て、怪人ヒューマンガス率いる暴走集団との最後の戦いに臨むのだった。

レビュー

前作『マッドマックス』が低予算からオーストラリアの田舎町を舞台にしたカーアクション映画だったのに対し、本作は前作のヒットから多くの予算をその世界観の構築に費やすことができたためただのアクション映画では最早なく、世紀末を舞台にした絶品のSF風ヴァイオレンス映画に仕上がっている。そしてモヒカン男がボウガンを手に改造ジープに乗って女を追いかけ回す姿は、そのまま『北斗の拳』に流用されていることは有名で、細部にも多くの影響を与えている。メル・ギブソン演じるマックスは、妻子を失った影響から心を閉ざしている設定で、その寡黙さはケンシロウそのものである。

見所が多い作品であるが、そのカーアクションや爆破シーンよりも、やはりヒューマンガスを筆頭とする暴走族連中のイカれっぷりが素晴らしい。特に象徴的なのは序盤に石油施設を取り囲んだ暴走族が、宙を舞うブーメランを我先に素手で受け取ろうとした結果、ひとりが指を斬り飛ばされることになるも、それを仲間たちが一斉に 囃し立て、当の本人さえ笑い出すというシーン。たったこれだけで相手が話し合いのできる連中ではなく、我々とは完全に違ったルールのなかで暮らしていることがわかる最高のシーン。それでも連中はただ冷酷無比なわけでもなく仲間思いのところもあり、同性愛者も差別されずに幹部になっていることからも、ある意味で進歩的な集団でもある。

近年<ポスト・アポカリプス>映画の製作が華やかで、去年だけでも荒廃した近未来社会を舞台にした映画は20本以上は見たような気がするが、本作と比べるとどれも生温い。法や秩序がなくなった社会では「優しさ」や「同情」なんてものは豚の餌にもならない。必要なのは生き残りたいという願いであり、その願いが強ければ強いほどにほとんど「狂気」と同義となる。生きるために必要なものは奪ってでも手にし、必要なものを誰かを殺してでも守り抜く。そもそも法や秩序のない世界ではその「狂気」のあり方に善悪を求めることさえ無意味なのだ。泣きわめき絶望していれば誰かが救いの手を差し伸べてくれることは絶対にない。そんな人間はそもそも生きる価値さえないとされる世界。

前作でも主人公マックスが悪の暴走族集団と自分との違いを明確に説明できていないシーンがあったが、本作でもそのマックス自身の「揺らぎ」のようなものが描かれている。本作では我々側の「石油施設グループ」と敵側の「暴走族グループ」という対立構造があるが、マックスはそのどちらにも属していない。彼が必要としたのはあくまでガソリンだけだ。もちろん最終的にマックスは暴走族と戦うことになるが、それは奴らが愛車「V8インターセプター」や愛犬を粉々にしたからであって、あくまで戦う理由は復讐でしかない。そして本作を冷静に見れば、石油という富を独占するために武装化し籠城する「石油施設グループ」側も、近寄ってくる連中を無差別に火炎放射器で焼き払うという非道を繰り返しているのだ。間違っても彼らもまともじゃない。

その後の作品に多大な影響を与えた作品だが、1995年ケヴィン・コスナー主演の『ウォーターワールド』が細部は最高にカッコよくても全体としてヌルい映画になったのは、本作の表面的な部分しか継承しなかったせいだ。一度タガが外れれば、善も悪もない。『マッドマックス2』は狂った世界をその細部だけでなく全体としても見事に描き切ったのだ。

NewImage

ということで『マッドマックス2』のレビューでした。これは今見ても文句無しに面白い作品で、特に終わり方は最高にグッときます。あくまで群れないマックスの生き様は、いつの時代でも憧れるものです。この次に撮られた『サンダードーム』がアレなんで余計に素晴らしく見えるという罠もありますが、これは外せない一作です。30年ぶりに復活する『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の鑑賞前には絶対にチェックしておきたいところでしょう。オススメです。

<スポンサーリンク>

NewImage.png
おすすめ記事!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です