映画『ゼロ・グラビティ/Gravity』レビュー “新しい宇宙表現”

 メキシコ人監督アルフォンソ・キュアロン監督作、サンドラ・ブロック、ジョージ・クルーニー出演の話題作『ゼロ・グラビティ』のレビューです。噂通りの傑作。全く新しい90分間の映画体験でした。日本公開は2013年12月13日。

ストーリー:ライアン・ストーン(サンドラ・ブロック)は初めてのスペースシャトル・ミッションにエクスプローラー号に搭乗し参加していた。一方、ベテラン飛行士のマット・コワルスキはこれが最後の宇宙となる。彼らがハッブル宇宙望遠鏡の修理中、宇宙遊泳を楽しんでいる最中に、ヒューストンより緊急の警告が発せられた。ロシアが停止した衛生をミサイルで撃ち落としたために、砕け散った破片が“宇宙デブリ”となって軌道上を猛スピードで周回し、それらがまた他の衛生を巻き込んでの連鎖事故を起こす可能性が発生したという。
 宇宙デブリの襲来に備えるも、空気抵抗のない宇宙空間で爆発した残骸たちはスピードを緩めることなく、エクスプローラー号を破壊してしまう。ライアンは確保が切れたまま宇宙空間を漂うも、何とかマットに救出され、彼に先導されながらシャトルに帰還するも、シャトルは完全に破壊され尽くされ、残りの乗組員たちも冷たい宇宙空間に生身で放り出されたり、デブリの餌食となり全員死亡していた。
 ライアンとマットは、遠くはなれたスペース・ステーションのISSまで自力での避難を試みる。タイムリミットは90分。計算上、90分後にはまた宇宙デブリは軌道を周回し襲いかかってくる。
 ISSまでの100キロほどの道のりをライアンとマットは孤独に進んでいく。初のミッションで未曾有の悲劇に巻き込まれたライアンは興奮し息が激しくなり、残りの酸素量が急激に減っていく。そんなライアンをマットは冷静ににユーモアを交えて落ち着かせていく。無重力空間下での絶望的な状況のなか、ふたりはライアンの地元について、彼女の亡くなった娘について、 そして宇宙から見下ろす地球の美しさについて、語り合う。
 やがてISSが見えてきた。

 レビュー:出演サンドラ・ブロック、ジョージ・クルーニーとなっているが本作は実質的にはサンドラ・ブロックの一人芝居と言ってもいい。もちろんジョージ・クルーニーも重要な役どころであるが、あくまでのサンドラ・ブロックが体験する宇宙空間での絶対的孤独感を作り出すための“フック”のような存在であり、それは宇宙空間が生む不自由さや、容赦ない宇宙デブリといったものと意味的にはほとんど同じものとして扱われている。
 宇宙での孤独を扱った作品で、尚かつ一人芝居というキーワードで思い出されるのにダンカン・ジョーンズの『月に囚われた男/Moon』がある。『月に囚われた男/Moon』が宇宙での孤独をあくまで地上で感じる孤独感の最北として個人の内的なものに落とし込んでいた舞台演劇風一人芝居映画であったのに対し、本作『ゼロ・グラヴィティ』が描く孤独感は宇宙空間の特性が直接に関係する絶対に逃れられないものとして、それを全く新しい映画体験として描いている。とにかく見たことのない、それでいて圧倒的な現実感を伴った映像の連続。息が苦しい。
 アルフォンソ・キュアロン監督の作品は前作『トゥモロー・ワールド』でも、これまでの映画的常識では想像もつかないような長回しのカットで、観客の度肝を抜いた。本作はそれ以上だ。撮影方法に関する話題は、結局のところメイキング映像を見ないことにははじまらないが、とにかく本作には、そもそもどうやって撮影したのかよく分からないシーンがいくつかある。カメラの視点の遮断物を通り過ぎたり、同一カット上で自然に被写界深度がものすごい高低差で変化したりする。
 そして宇宙空間の描き方は見るもに全てを驚嘆させる。本作は間違いない映像表現上のメルクマールとなる。『ジュラシック・パーク』がCGを映画表現の舞台に引き上げたように、『プライベート・ライアン』が戦争映画におけるリアリティーを根底から塗り替えたように、『ゼロ・グラビティ』は宇宙空間がもはや映画表現における安易な逃げ場所ではないことを宣言した。これから宇宙空間を含んだ映画が作られる際には『ゼロ・グラヴィティ』が基準とされるだろう。時にはSF映画でさえもその基準は適応されるかもしれない。重力に関する説明を抜きにして、宇宙で物が落ちたり、空気抵抗のため物が止まるという描写は、ここからは通用しない。意識的な制作者であれば尚更だ。宇宙空間での人体損壊の冷たいリアリティーには体が凍るようだった。
 しかもそういった映画としてのシチュエーションや映像技術だけではなく、ドラマとしても非常に高品質だった。間違いなくサンドラ・ブロックはオスカーにノミネートされるだろう。特に後半での、希望が全く見いだせない状況下でも、わずかに残る人間性にしがみつくようにして独白を続ける姿には胸を打たれる。
 本作が映画史上でどのような位置づけをされるのかは後発する映画を待つしかないが、映画表現の可能性を一段広げたことは間違いない。CGの多用により確かに映画に“暖かみ”のようなものはなくなったのかもしれない。しかし同時にこれまで見たことのないブレイク・スルーの余地を大量に持ち込んだことも事実だ。きっとこの映画を観た意欲的な制作者たちは、そこに描かれた革新的な世界に、ひどく嫉妬しただろう。そしてまた新しい映画は作られていく。映画が経験として繋がっていく感覚を、本作は観客にしっかりと伝えている。

Gravity 2

 と、いつものネタバレは今回はしません。これは見なければいけない映画です。いうことで文句なしの名作、傑作、マスターピースでした。本作はそもそもは2Dで撮影して、ポスプロ段階での3D変換というこれまでは非常に評判の悪い手法をとっておりますが、そういった固定観念もぶっ壊すほどの3D体験が待っています。それにしても今年はメキシコ人監督の活躍をまざまざと見せつけられた一年でした。キュアロン作品は本当に大好きで、ハリー・ポッターだって見たくらいですが、ドラマと映像どちらに振れるのではない、両者の融合がこれほど美しく達成されるなんてもう賞賛の言葉も出尽くしました。

 映画、ばんざーい。

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アルフォンソ・キュアロン監督作品
 

 

『月に囚われた男/Moon』

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