映画レビュー|『ドローン・オブ・ウォー』-ポストモダンな戦争の虚無

Good kill quad v0nイーサン・ホーク主演、アンドリュー・ニコル監督作『ドローン・オブ・ウォー/Good Kill』のレビューです。ラスベガスに居ながらアフガニスタンを空爆する無人飛行機ドローンを操作するパイロットの苦悩を描いた作品。現実感を無くしたままゲームのように誰かを殺す今の戦場のあり方を描いた衝撃の問題作。

『ドローン・オブ・ウォー/Good Kill』

全米公開2015年5月15日/日本公開今秋/アメリカ映画/104分

監督:アンドリュー・ニコル

脚本:アンドリュー・ニコル

主演:イーサン・ホーク、ジャヌアリー・ジョーンズ、ゾーイ・クラヴィッツ他

あらすじ

メイジャー・トーマス・イーガン(イーサン・ホーク)は空軍所属のパイロットでありアフガニスタンでの戦争に関わりながらも、勤務地はラスベガス。彼はラスベガスから無人爆撃機ドローンを操作し、アフガニスタンに潜むタリバンを空爆していた。

軍人でありながらラスベガスで家族と一緒に暮らせることを周りから羨ましがられる一方で、パイロットとして実際に空を飛ぶことを望むメイジャーだったが、上司はそれを聞き入れない。

ゲームのように人を殺していく仕事のなかで、メイジャーの心身は徐々に蝕まれていく。

レビュー

見えない<ポスト・モダン>戦争の姿とは:

学問の世界には、いつまでたっても近代の解釈やその再解釈をめぐって、それ以降の新しい枠組みを確立できずに<ポスト・モダン(近代以後)>という言葉が、勿体ぶったトートロジーやただの学術用語としての修辞にしか思えない思考の現場がある一方で、現代の戦場では言葉の地団駄が追いつくのを待ってくれる気配などなく、どこまでも合理的かつ残虐に前へと突き進んでいる。

本作『ドローン・オブ・ウォー/Good Kill』は昨今日本でも注目を浴びる無人飛行機<ドローン>が戦場利用されている「現場」を切り取った作品である。しかしそれがドローンである以上、戦場の現場はひとつではない。爆撃される側と爆撃する側のそれぞれの現場は遠く隔てられている。例えばアフガニスタンとラスベガス。もしくはイエメンとラスベガス。この冗談のように思える鮮やかな対比も、現実に存在する設定であり、オバマ政権はイラク戦争での反省を踏まえて「米軍兵士の最小限被害」という軍事行動理念を採用しており、結果、アフガニスタンやその他中東諸国ではドローンによる予防的空爆が日夜行われている。それは戦争のように見えてゲームであり、ゲームのように見えて戦争である。これは言葉上のトートロジーではなく、現実に起きていることだ。

もはやそこには戦争というリアリティーが完全に消失している。いや、正しくは消失したのは近代の戦争のリアリティーであって、本作で描かれているのは現代の戦争のリアリティーなのだろう。銃弾が飛び交い、腕や足が飛び散り、爆弾に耳をやられ、阿鼻叫喚が響き渡る戦争の姿とは、すでに過去のリアリティーなのだ。肉眼で確認できる悲惨さや、肉が焼ける匂い、下半身の無くなった戦友を抱えながら逃げ惑う姿は、もう『プライベート・ライアン』のなかにしかないのかもしれない。その意味において『ブラックホーク・ダウン』や『ローン・サバイアー』のような一見すると「現代の戦争」のような形式もまた「近代」の流れのなかにあると言える。現代の戦争のリアリティーとは、例え女子供が巻き添えになろうともターゲットを確実に爆殺した後、同僚と街へ繰り出しては酒を飲みギャンブルに興じることなのだ。そこには近代の枠組みのなかで語られる戦争の倫理やルールなどは一切に通用しない。ただ目的を遂行するためにそれに関わる全ての人々がゲームのプログラムと同一化されなければならない。人間性は足手まといにしかならず、人間は機械であることが求められるのだ。

イーサン・ホーク演じる主人公メイジャーはもちろんのこと、彼と同じようにこのゲームのような空爆に疑問を覚える同僚も、それでも命令を与える上司も、ドローンを使った空爆に倫理的な疑問を持っている。しかし同時彼らは気がついている。その倫理とは、彼らが関わっている今の戦争とは姿も形も全く違う過去の戦争から作り上げられたもので、現状では何の抑止にもならないことを。だからメイジャーはパイロットして実際に戦場を飛ぶことを願う。そこでなら彼の倫理感は抑止となるし、行動理念ともなり得るのだ。ちなみにオリジナルタイトルの『グッド・キル/Good Kill』とは撃墜した敵の戦闘機の健闘を称える文句として使われる。

アメリカ映画は常に戦争と向き合ってきた。戦争が起こればそれに対応する映画を同時代に製作している。それは時にプロパガンダでもあるが、反戦の狼煙ともなる。ベトナム戦争では『ハーツ・アンド・クライ』、最近では『ゼロ・ダークサーティ』など、それぞれの戦争の個別性をハリウッド映画は描き続けてきた。しかし本作はアフガニスタンでの空爆も描き、イエメンでの空爆も描いている。そこには個別の戦争の姿を描こうとする意思はなく、近代という文脈では語ることが不可能になった<ポスト・モダン(≒現代)>の戦争の全体像を描こうとしている。個別性や詳細などはなく、すべてがスクリーン上で行われる今の戦争の姿が、殺伐とただ漫然と描かれるだけだ。

そしてはじめた以上は自分からは止められないという、現代の戦争の中枢にインストールされたシステム上の致命的エラーも明らかにされる。「これを止めたからといって奴らは反撃を止めない。なぜならすでに何人も殺しているから」という乱暴な自己肯定としか思えない言い訳にも、恐ろしい説得力が生まれてしまう。戦争の終わりが全く想像できない恐怖がとても静かに描かれる。

イーサン・ホークの寡黙な苦悩と、アンドリュー・ニコル監督によるタイムリーな物語が絶妙に合わさった作品。ラスベガスを舞台に描かれる今の戦争映画。映画のラストに救いを求めた主人公がとる行動のみが、この悪循環から逃れられるヒントとなっているのかもしれない。

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ということで『ドローン・オブ・ウォー/Good Kill』のレビューでした。今回はネタバレなしです。『ガタカ』で有名なアンドリュー・ニコル監督とイーサン・ホークのタッグですが、本作はある意味その『ガタカ』で描かれた神を失った世界の不条理さに近い現実が描かれています。いわゆる「戦場映画」というジャンルに対する強烈なアンチテーゼとなっており、これは見逃せない作品です。映像も美しかったですし、そこで人が死んでいるはずなのにこれをゲームのようだと思ってしまう自分も怖くなります。熱烈、オススメ映画です。

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