映画レビュー|『Gett: The Trial of Viviane Amsalem』-神が女性を絶望させる

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『Gett: The Trial of Viviane Amsalem』

フランス公開2014年6月25日/日本公開未定/イスラエル・フランス/115分/ドラマ映画

監督:Ronit Elkabetz、Shlomi Elkabetz

脚本:Ronit Elkabetz、Shlomi Elkabetz

出演:Ronit Elkabetz、Menashe Noy、Sasson Gabai

あらすじ(ネタバレなし)

ユダヤ教において離婚するために必要な「ゲット(Gett)/絶縁状」を巡る、破綻した夫婦の法廷闘争。

夫だけが「ゲット(Gett)/絶縁状」を書くことを許され、妻には離婚を申し出ることはできても、夫が拒否するかぎり離婚は成立しない。

妻ヴィヴィアンは破綻した夫婦関係を法廷で訴えるも、夫エリシャは「ゲット(Gett)/絶縁状」を書くことを頑なに拒否する。そのため度重なる法廷の延長のため、2年、3年経っても離婚は成立しない。

やがて絶望と怒りに追い詰められていくヴィヴィアン。そして彼女を支える弁護士の男。

不毛な宗教法廷を通して明らかになる女性軽視の現実を前にしても、ヴィヴィアンは30年間待ち望んだ自由のために戦い続けることを決意する。

レビュー

高橋ジョージ推薦(嘘)、ユダヤ発「発狂系」離婚裁判映画!

すごい映画を観せられれた気がした。観ている途中から自分の鼓動が物語の起伏に合わせて高まったり静まったりを繰り返しているのにも気づいた。絶望的に気が滅入る話なのに、目が離せないのだ。

海外の評価サイトで100 %を維持(2015/08)し、第72回ゴールデングローブ外国映画賞にノミネートされたイスラエル映画の『Gett: The Trial of Viviane Amsalem』は、女性が観れば激しい怒りに打ち震え発狂しかねないような、行き場のない絶望を描いている。そしてユダヤ教の根本的な女性蔑視思想を批判しつつも、より普遍的な家庭問題にまで言及する、間違いなく一級品といえるドラマ映画となっていた。

タイトルを翻訳すると『ゲット:ヴィヴィアン・アムサレムの裁判(=試練)』となる。「ゲット(Gett)」とはユダヤ教において離婚に必要な絶縁状のことを意味する。そしてヴィヴィアン・アムサレムとは本作の主人公で、完全に破綻している結婚生活を終わらすために離婚を求める40代の女性である。

まずユダヤ教における婚姻について簡単に説明する。ユダヤ教において結婚とは「すべき」行為と考えられている。それもこれも旧約聖書の創世記に「産めよ、増えよ、地上に満ちよ」とユダヤの神が子作りを奨励しているためだ。他宗教において人々は往往にして禁欲を求められるが、ユダヤ教においては結婚は神の求めであり神聖なもので、ユダヤ教徒にとっての「責務」という考えが存在する。伝統的なユダヤの考えに基けば、いい年して結婚していない男女は非難の対象にすらなる世界なのだ。

一方でユダヤ教ではカトリックと違い離婚も認められている。タイトルにもなっている「ゲット(Gett)/絶縁状」を用意すればいい。しかしここに問題がある。この「ゲット/絶縁状」を用意できるのは夫だけで、妻はその意思があったところで用意することができない。つまりユダヤ教において、夫からの激しい暴力など明白な理由を除いて、女性の意思によって離婚は成立しない。つまりどれだけ妻が離婚を望んでも、夫がそれを拒否すれば何も変わらないのだ。また法廷におけるラビたちにも離婚を促すためにはユダヤ教的な「理由」が必要なため、それを満たしていないヴィヴィアンの申し出はことごとく粗雑に扱われる。あらゆる現代的常識も神さんの前では無価値となってしまう世界なのだ。

主人公ヴィヴィアンとその夫エリシャはモロッコからイスラエルに移住したいわゆるスファラディ系ユダヤ人(スペインや北アフリカ出身)で、二人の結婚は自由意志によって導かれたものではなく、ヴィヴィアンが10代半ばの頃に強制的に行われたものだった。その後ヴィヴィアンとエリシャはイスラエルで子供に恵まれるも、会話も性生活もない破綻した生活に直面する。そもそもヴィヴィアンはこの望まない結婚の直後から自由を欲していたのだ。

本作のほとんどはユダヤ教のラビを裁判官とする離婚法廷が舞台となっている。離婚申し立てをしたヴィヴィアンだが夫のエリシャは「ゲット(Gett)/絶縁状」を用意することを頑なに拒否する。そして両者の言い分を戦わせる離婚法廷を通して、数々の問題が炙り出される。ユダヤ教の男性主義に始まり、女性の自由、男性の尊厳、共感性の欠如、非知性的な宗教法廷、女性が女性的であることへの反発、夫婦間のネグレクトなど、ユダヤ教特有の問題から出発した法廷闘争は、やがて個人の自由や夫婦の在り方といった普遍的な問題へと集約されていく。

二人の結婚生活が破綻していることが明らかだ。しかし夫は離婚を拒否する。その理由ははっきりとは明かされないが、 どうやら夫のエリシャは「自分のモノ」であるヴィヴィアンが離婚することで「他人のモノ」になることを恐れているようだ。そしてヴィヴィアンが離婚を求める理由もまたユダヤ教的観点では具体性に乏しく、「結婚生活が既に破綻しているから」離婚したいということの繰り返しを訴えることになる。エリシャはヴィヴィアンを殴ったわけでも、不貞を働いたわけでもない。そのためユダヤ律法に忠実な法廷は2年、3年経ってもヴィヴィアンの自由を保障することはできない。それは言い換えればユダヤ教においては女性を「モノ」と扱うことを禁じていないとも受け取れる。

2時間弱の物語の大半はこの法廷の不毛な議論を描くことに費やしている。そのため観ている側は、この前時代的で、共感性の欠片も見出せないユダヤ教の離婚法廷に嫌悪を隠しきれないし、また彼女を追い詰めることを目的とするような夫エリシャの言動は、真っ当な女性なら殺意すら覚えるのではないだろうか。扇情的なレビュータイトルとして「発狂系」という言葉を使ったが、あなたが独身であれ既婚者であれ女性として主人公のヴィヴィアンに少なからず感情移入したのなら、静かに追い詰められる彼女の絶望が「発狂」寸前の状態であることは理解できるだろう。男女関係なくこの法廷の不毛さを前にしたら絶望してしまいかねない。

これまでも女性の自由獲得を主題として映画はサリー・フィールド主演『ノーマ・レイ』やジュリア・ロバーツ主演『エリン・ブロコビッチ』など多く作られてきたが、本作では理不尽な状況のまえになす術ない女性の姿を描くという点で『ダンサー・イン・ザ・ダーク』や『ファニーゲーム』の方に近い。ハリウッドらしい抑圧からの解放、という分かりやすい感動ドラマのクリシェは本作にはなく、物語は終わったところで本作で提示された問題は何一つ解決していないという、二重の絶望構造となっている。

本作を観ながら取ったメモは膨大で、書きたいこともそれ以上にあるのだが、長くなるのも困り物なので劇中のなかで特に印象的だったひとつのシーンを紹介するに留まる。やがて夫エリシャの家庭内ネグレクトの異常性が明らかになるなか、エリシャの趣味が映画鑑賞であることが明かされる。妻を愛しているといいつつも、なぜ彼女を無視し映画館にすら連れ出さなかったのか、という質問の流れで、彼が好きな俳優として挙げるのがチャールズ・ブロンソンとグレゴリー・ペックなのだ。ご存知の通りブロンソンは愛妻家で周りが顔をしかめても妻ジル・アイアランドと共演を続けた(愛妻と死別後に若い女性と再婚したことはこの際問題ではない)。またグレゴリー・ペックは言わずもがな『アラバマ物語』のフィンチ弁護士であり、誠実と正義と公平の象徴的存在だ。そのふたりの名前をほとんど反射的に出したことでエリシャの闇が見えてくる。

ここ最近、本サイトで紹介する映画に女性の自立をテーマにした作品が多くなっているのだが、別に意識的にそういう作品を選んでいるのではない。それは近年の映画界におけるフェミニズムの勃興の反映でしかない。本作はそのなかでもとりわけメッセージ性が強く、しかもドラマ性も抜きん出た印象だ。女性が観れば怒りに震えるだろうが、男性が観ればもう少し違った感想を抱くだろう。正直に告白すると夫エリシェの行動を簡単に批判できない自分もいるのだ。

女が絶望するとき、男は沈黙する。

日本の芸能界にも似たような問題を目にする。三船の娘は本当に離婚したいのなら、本作に日本語字幕をつけて高橋ジョージに送ればいい。これを観ればバカでもネグレクトがもたらす絶望の深さがわかる。間違いなく2015年ベスト10に入ってくる一作。

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ということでスラエル映画『Gett: The Trial of Viviane Amsalem』のレビューでした。めちゃくちゃ疲れる、素晴らしい映画でした。イスラエルでしか描けないという意味でも非常に価値ある作品です。そして個別的な状況を描きながらも普遍性を獲得することに成功しています。実際に同様の絶望は世界中に存在することでしょう。この映画を観ている途中から夫は高橋ジョージに、妻のヴィヴィアンは三船美佳に見えて仕方なかったです。よくこの手の問題に対し「夫婦にしかわからないこと」と偉そうに諦めを決め込む賢そうな阿呆がいますが、正しくは加害者にはわからないということです。女性映画というと意味不明なキラキラ映画ばかりが日本に届けられますが、本作のような作品こそ意義ある女性映画と言えるでしょう。もちろん男性にこそ観てもらいたい映画ですが。大変オススメな5つ星映画です。以上。

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