映画レビュー|『ファンタスティック・フォー』-ゆとり世代ヒーローの憂鬱

14

『ファンタスティック・フォー/FANTASTIC FOUR』

全米公開2015年8月7日/日本公開2015年10月9日/アメリカ映画/100分

監督:ジョシュ・トランク

脚本:サイモン・キンバーグ

原作:スタン・リー/ジャック・カービー

出演:マイルズ・テラー、ケイト・マーラ、マイケル・B・ジョーダン、ジェイミー・ベル他

あらすじ(ネタバレなし)

発明の才能はあるが、いつも自分の居場所が見つからないと感じている、どこにでもいそうな4人の若者たち。人類の未来をかけた研究に参加した彼らは、才能を生かし、仲間との友情を育み、新たな希望を見つけ出す。そして実現したのは、異次元空間、”プラネット・ゼロ”へのテレポート!

しかし”プラネット・ゼロ”での予期せぬ事故で彼らの体に信じがたい変化がおこってしまう。変形する肉体、みずからの透明化、炎に包まれて飛行、強靭な岩石のパワー・・・・・。

衝撃的な変化を受け入れることができず、バラバラになってしまった4人のチーム。そんな彼らの前に更なる異次元の脅威が地球規模で襲い掛かるー

観たことのない映像で迫ってくる異次元へのトリップ。空前のバトルアクション。そしてあまりにも劇的なドラマ。全方向から興奮と感動を誘う壮大な伝説が今、始まる。

参照:『ファンタスティック・フォー』オフィシャル・サイト

レビュー

悩めるヒーローは虚弱な悪を退治する:

観終わった後、ちょっと呆然となった。なんだこれは、もう終わったのか? いつの間にかクレジットが流れるようになっても、まだまだ続きがあるようで、最近のマーベル作品の傾向として隠し映像があるだろうと期待して興味のない連中の名前を目で追っていると、そのまま劇場が明るくなった。どうやら映画はとっくに終わっていたらしい。冗談みたいだが本当らしい。

本作はこのスケールの映画としては珍しく、クライマックスがない。本来スーパーヒーロー映画のクライマックスは強敵との戦いのなかに見出される。自分たちよりも強い存在に対して、チームアップを重ねることでヒーローとしての自覚が生まれ、やがては同じ目的に向かって戦いを開始する。『アベンジャーズ』に限らず、複数のヒーローを含むチーム系大作映画となれば、多かれ少なかれ、このフォーマットを踏襲することになる。もちろんクライマックスとは最強の敵との戦いにある。場合によっては仲間が死ぬこともあるだろうし、自分が死ぬことだってある。そういった物語としての危機と立ち向かい、そして乗り越えることが、ヒーロー映画の核心と言える。これは昨今のマーベル作品に限ったことではなく、映画だろうが、小説だろうが、漫画だろうが、スーパーヒーローを描く場合スーパーヴィラン(悪役)が必要になる。なぜならそれは主人公たちの鏡だから。普通の人間とは違った能力を持ってしまった彼らは、地球を守ることもできれば地球を壊すこともできる。力が持つ両面性を描くことは物語のバランス上必要不可欠なプロットであり、そのためには悪の力もヒーローたちの鏡として描かれなければならない。ルークにとってのダース・ベイダー、バットマンにとってのジョーカーなど、主人公の葛藤とどこかでリンクする悪の登場は、時に主人公の存在感を凌駕することもあるが、だとすればそれはヒーロー映画として成功していると言える。悪とは善よりも常に甘美なのだ。そしてその甘美なる悪を倒した時、ヒーローは自らに勝利することができる。ヒーローがヒーローとして癒され、そしてヒーローとしての覚悟に目覚めるには、自らの悪と向き合わなければ意味ないのだ。

本作『ファンタスティック・フォー』にも当然倒すべき敵が登場する。上述した基本フォーマットに忠実に、その敵は主人公たちと深い関わりがある。つまりはスーパーヒーローに対して鏡となるヴィランなのだ。では問題ないじゃないか、と思う。私もそう思った。物語の途中までは、進行速度がやけに遅いことが気になりながらも、きっとこいつが大暴れしてアメリカをめちゃくちゃにして、そんでもって主人公たちの退路を塞ぎ、やがてはお互いの命をかけた大決闘が待っていると思っていた。そして気がつくと劇場は明るくなっていたのだ。つまり本作の問題点を一言に集約するとこうなる。

悪役、弱すぎ。それでよく最強とか言えるよね。

おかげで十分に感情を高ぶらせるだけのクライマックスを用意することができていない。結局は4人の不運のヒーローたちがウジウジしているだけで、滅法強いと思われた悪役が実は虚弱体質持ちだったという感じ。ヒーロー映画としての体勢になっていないのだ。

ジョシュ・トランク監督のデビュー作『クロニクル』を観ればわかるが、本作も基本的に暗い映画だ。傾向としてはマーベル・シネマティック・ユニバースの一連のカラッとした爽快感を求めるのではなく、『バットマン』のような大人向けヒーロー映画という面持ちとなっている。だからこそ苦悩するヒーローというトーンが必要になるのはわかるが、物語が本筋に入ってから事が片付くまでひたすらウジウジされては観ている方も辛い。しかも悪役が弱いから、その存在が主人公らの葛藤が善なる方へ向かうきっかけとしては説得力がない。ヒーローたるもの自分よりも強い相手と戦うべきだ。確かに悪役であるドゥームには単体では歯が立たないことは説明されるのだが、4人集まると楽勝なのだ。これではウジウジしたヒーローたちが気晴らしに虚弱な悪を成敗して喜んでいるようにしか見えない。『バットマン』のウジウジが鏡としての悪役ジョーカーとの関連のなかで発酵していくのに対し、本作でのウジウジは自業自得と言うべき軽はずみな自らの決定からしかもたらされないから、悪役が彼らのヒーローとしての覚醒への経緯として組み込まれていない。敵(ライバル)の設定についてジョシュ・トランクはどこまで理解しているのか疑問だ。しかも本作のヴィランのドクター・ドゥームとはマーベルコミックスのなかでも屈指のスーパーヴィランである。もちろんこれで終わりということはないだろうが、ここまであっさりしていてはスタン・リーだってがっかりだろう。

確かにシリーズ化を目論むヒーロー映画は最初の一作目は大抵ハードルが高い。登場人物や世界観の説明にどうしても時間が必要になるし、それでも同時進行で世界の危機とそこからの巻き返しも描かなければならない。思い出すのはギレルモ・デル・トロ監督の『ヘル・ボーイ』で、一作目は説明パートが多くなってしまい本筋部分で不完全燃焼が目立ったが、二作目の『ゴールデン・アーミー』ではしっかりと一作目の借りを返した。しかし興行的には失敗した。当たり前の話だが一作目の失敗とは確実に次回作へと影響する。大作スケールの映画では、この手の失敗は許されない。しかも興行面でのライバルとなるマーベル・シネマティック・ユニバースでは『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』がシリーズ一作目でありながらも、内容的も興行的にも大成功を収めた例があるから余計に本作の誤謬は浮き立つ。

本作とは関係のない周辺の話題として、『クロニクル』の成功から『スターウォーズ』のスピンオフ作品の監督に内定していたジョシュ・トランクだが、本作の公開前に降板の憂いをみた。噂話の域をでないのだが、本作でもプロデュースと脚本を担当したサイモン・キンバーグが、『ファンタスティック・フォー』の撮影におけるジョシュ・トランクの仕事ぶりに大いなる不満を持ったためと言われている。本作を観ると、サイモン・キンバーグの怒りも理解できる。インタビューでジョシュ・トランク本人も語っている通り、彼には『クロニクル』のような小さな世界観に凝縮したような作品のほうが明らかに向いている。これは監督としての良し悪しというよりも作家性に因るところが大きいだろう。

次回作への期待感を持ち出さない限り本作を肯定的に論じる事は難しい。そのため本作を単体で評する場合、やはり失敗作ということになるだろう。ヒーローがヒーローとして覚醒する瞬間もなければ、悪役を倒すことでの開放感もない。あるのは、まだ続きがあるだろうと思いたくなるような物足りなさだ。ただ駄作という表現の使用は避けたいと思わせるだけの魅力も部分的に感じたのも事実だった。特に主人公リードとザ・シングと呼ばれる岩男となってしまったベンとの悲しい友情や、ヒューマン・トーチ役に抜擢されたマイケル・B・ジョンソンの演技はすでにスケジュールも決まっている次回作への期待感の由来となっている。

近年、デジタル機器の発達に伴い安価で挑戦的な映画が作られるようになった。そのなかから出現した期待の新人監督としてジョシュ・トランクは、『ゴジラ』のギャレス・エドワーズや『ルーパー』のライアン・ジョンソン、『キャビン』のドリュー・ゴダートと競い合う存在だったが、ここでそのレースからも外れることになるのだろうか。そう感じるのも仕方がないほどに、呆然とするような映画だった。

悩めるヒーローも悪くないが、ほどほどにしてもらわないと地球を預ける気にはならない。というか地球の危機を未然に防ぐとかやめてほしい。地球が危機ならそう言って欲しいし、街のひとつやふたつ景気良く粉々にしてほしい。とにかくスケール感に間違いがある。登場人物同様に、悩ましい作品であることは間違いない。

<スポンサーリンク>

ということでジョシュ・トランク監督作でマーベルコミックス原作のリブート版『ファンタスティック・フォー』のレビューでした。実は予告編を見た時から失敗の予感はしていたのですが、それを凌駕するほどに呆然となる一作でした。タイムスケジュール上はそろそろ後半パートに突入しているはずなのに、敵は登場しないし、ずっとマイルズ・テラーがウジウジしています。そしてやっと悪役登場そして地球の危機となったところで、そこから一気にエンディングまでショートカットしてしまうのです。でもレビューでも述べましたが、駄作とかそういう作品でもないです。これが『ファンタスティック・フォー』ではなくてもっと別のこじんまりとした物語だったのならよかったのかも。2017年6月9日に予定されている次回作ではジョシュ・トランクはメガホンを取るのか気になりますが、レビューはここまで。以上。

14.jpeg
おすすめ記事!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です