『マイルス・アヘッド』のドン・チードル、マイルス・デイビスを語る

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ドン・チードルによる監督・主演『マイルス・アヘッド』の予告編公開に合わせて、なぜ初監督作品にジャズの帝王マイルス・デイビスを選んだのか、ドン・チードル本人が余すところなく語ってくれました。

ドン・チードル、マイルスを語る。

ー マイルス・デイビスとの出会いは?

ドン・チードル:最初は親が聞いている音楽だった。子供のころから家でよくかかっていたけど、ちょうど10歳くらいでサックスをはじめたことで、こういった音楽の仕組みや構造とかに関心を持ったんだ。

ー 他のミュージシャンとの違いとは?

ドン・チードル:重要なことは彼が「しなかったこと」であり、彼がクリエイトした余白(スペース)とも言える。そして意図した結果とは真逆なリスナーの感想さえも許容したことだ。マイルスは多くの余白を持っていて、そのせいで彼は唯一無二の存在なんだ。人は意図した通りに他人にも理解してもらいたがるものだが、マイルスの場合はその音楽だけで完結しているんだ。

ー 監督デビュー作として難しかったこともあると思います。その想いは?

ドン・チードル:最初の予定では俳優としての参加だった。そして最初にマイルスの家族に会った時、これまでに見たこともないような作品にしたいと伝えたんだ。彼自身が抱いてた野心と同じように、創造性と特異性を演じたいと思った。そしてその話し合いが終わって家に帰る途中で、私が考えるような作品を誰かが作っているのを想像できなくなってしまった。だからもしこの作品に関わるのなら、私が監督しなければならないと思ったんだ。そしてもう一度彼らと会った時それを伝えると、彼らも同じことを私に言おうとしていたことを知ったよ。

ー マイルスは途方もない人生を送り、途方もない業績を残し、途方もない個性を持った人物でした。多くの音楽映画は似たような作品になってしまいますが、どのようにして作品にフォーカスしたのですか?

ドン・チードル:確かにそうなってしまった作品を多く知っているし、私自身もそういった作品に関わったこともある。どうしても分かりやすい方法を取ってしまうんだ。伝記映画を作る場合、その目的がどうであれ、大抵は人生の最高と最低を描くことで物語に盛り上がりを作ろうとするものだ。だからどうしても似通ってしまう。でもマイルスに限って言えば、彼の人生というのは伝記映画の題材となるような人物とは正反対だし、彼の音楽も常に変動し、自発的で、自分のスタイルというものに固執することがなかった。彼は常に新しいものを求めていたし、決して振り返らなかった。いわゆるスタンダードという分かりやすさを嫌悪したのが彼だった。

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ー 作品の舞台は行ったり来たりしますが、メインエピソードは1979年に設定しています。なぜその時期を選んだのですか?

ドン・チードル:その時期には彼は演奏していないからだよ。約5年ほど演奏していないんだ。それは彼にとって分水嶺であって、ナイフのエッジに立っているような時期だった。音楽を続けるか、死ぬかという分かれ道だ。きっと彼がどちらに進むべきかさえ分かっていなかったはずだ。だからそのマイルスが演奏しなかった5年間の終わりについて調べ回ったんだ。結果として、私にとって興味深いものとなったんだ。音楽や 彼の芸術に関してはいつも感銘を受けるけど、ひとりの人間としてそして 他人を演じる俳優として、その活動を5年も中止することで何が発生したのかに関心があった。だからこそ彼にとっての瀬戸際とも言える時間を描くことに決めたんだ。

ー 映画のなかでマイルスが言う「お前のように演奏するのに長い時間が必要だと思うか?」というセリフが印象的でした。これは俳優にとって他人事ではない言葉だと思います。あなた自身のキャリアを振り返って、「自分とはどんな人間なのか」という問いの答えはありましたか? 

ドン・チードル:「これだ!」という瞬間にはまだ立ち会っていないと思う。他の多くの俳優も同じだと思うな。まあダメな俳優にはそういうこともあるのかもね(笑)。でも大抵の俳優や、好奇心を持って挑戦する人にとって、そういう瞬間はやってこないものなんじゃないのかな。

ー それは不安なものなんでしょうか?

ドン・チードル:わからないね。これはガレージでこそこそやっていることじゃないから、その試みはやがて大勢の人の前に提出しなければならない。人前で挑戦する以上はそこに不安はきっとあるよ。でも安全地帯にいるのではなく、そういった弱さを理解した上での挑戦だと言える。上手くいくと思った時にこそ、つまずいてしまう。簡単に物事が運ぶことはない。それもまたマイルスに関して私が愛している点なんだ。物語はこんな風に描かれるんだ。まず彼が君に演奏を聴かせる。そのあとで、君のホテルまで行って彼が君の演奏を聴くんだ。そして今度はステージに連れ出される。同じ演奏をそこでするんだ。そしてステージは終わるんだ。ハービー・ハンコックが言っていたが、「マイルスはコンサートでのリハーサルのためにバンドを雇っていた」とね。私はこの作品が完璧なものとは言わないよ。それはマイルスが望んだことではなく、たとえ出来に満足だったとしても、まだ先があると思えるものにしたいんだ。

ー そういった考えはマイルスを演じるうえで必要だったことなのでしょうか?もちろん映画は一発本番ではないですが、ジャズの形式をスクリーンに持ち込んだということですか?

ドン・チードル:形式のあるものと、形式の中にある非形式的なものを同時に試したつもりだよ。もし形式なんてものを全部無視してしまったら、私にとってそれは無価値なものなんだ。でもひとつの形式のなかで挑戦はしなければならない。それは最善の準備をした上でも何が起きるのかわからないという感覚のようなものなんだ。音楽とはコードを知らないと話にならないが、そのなかでの自由は担保されているんだ。

ー 今年のアカデミー賞はノミネートされた作品よりも、されなかった作品についての関心が高まっています。もちろんマイノリティの俳優たちへの敬意の欠如からです。あなたはセレモニーに参加しますか?

ドン・チードル:いつもノミネートでもされない限り行くつもりがないよ。ただクリス・ロックの司会は見たかったけどね。でも今年は予定があるんだ。

ー 最初の15分ほどはヒリヒリしそうですね。

ドン・チードル:あー、行きべきかな、やっぱり。彼のキャリアでも大切な瞬間になるね。うまくやりきってほしいよ(笑)。

参照:www.ew.com/article/2016/02/02/don-cheadle-miles-davis-miles-ahead-trailer


ということでインタビューを翻訳してみました。ドン・チードルが本作の挑戦について、「コードのなかでの自由」というマイルスの『カインド・オブ・ブルー』で結実したモード理論を引き合いに出すあたり、期待せずにはいられなくなりますね。企画構想から10年という時間をかけた作品だけでに、これまであまり光が当てられてこなかったマイルスの休養期間を知るという意味での価値ある作品となりそうです。

昨年の東京国際映画祭でプレミア上映されたイーサン・ホークがチェット・ベイカーを演じた伝記映画『ボーン・トゥ・ビー・ブルー』も言葉にならないほどに素晴らしかったので、本作には余計に期待してしまいます。

ドン・チードル監督・主演作マイルス・アヘッド』は2016年4月1日に全米公開予定です。

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