ルー・リード、逝去、71歳。“ワイルド・サイドを歩け”

 2013年10月27日に1960年代後半にヴェルヴェット・アンダーグランドのリーダーとして活躍し、その後のオルタナティブ・ロックシーンに多大な影響を与えたルー・リードが亡くなった。死因は肝臓病とされている。5月には肝臓移植の手術を受けていたが、一時は危篤説もでるなど健康状態は芳しくなかったようだ。2013年10月28日現在、アメリカのサイトではルー・リード訃報を伝えるニュースでいっぱいだ。もちろんそれは彼の音楽が与えた影響の大きさに由来する。

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 ルー・リードは奇麗なメロディーを愛したと同時に、それを破壊しようとしていた。不穏なノイズやサイケデリックでドラッギーな世界感を背景に潜ませながらも、メロディーは美しい。メロディーは美しいけど、破壊衝動を煽るような演奏が絡んでくる。

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 そして文学を強く意識した彼の歌詞は、徹底して情景的で、難解ロックにありがちな皮肉や批評とは一線を画している。ヴェルヴェット・アンダーグランドの有名な曲に『ヘロイン/Heroin』があるが、ここでルー・リードが歌う“”Heroin、it’s my life it’s my wife/ヘロイン、それは俺の人生で相棒なんだ”という短い歌詞に部分ですら、様々な解釈が試みられたが、結局は彼が見たひとつの情景を歌っているに過ぎない。音楽が世界を変える最良の方法と信じられていた時代にあって、ルー・リードは音楽が発する箱庭的なメッセージを嫌っていた。
 ルー・リードは、いつも“ワイルド・サイド”を歩いていた。定着を嫌い、常に知らないものへと目移りを繰り返す。デイヴィッド・ボウイ、ジャズのブレッカー・ブラザーズに極めつけはメタリカと詩の朗読。これほど新作が楽しみだったミュージシャンもそうはいない。そういった彼の好奇心をよく表しているのが『ワイルド・サイドを歩け』だと思う。

 リトル・ジョージは一度も“それ”を止めやしなかった
 だからみんなは金を払い続けた
 NYってのは、イカサマにつぐイカサマだと彼らは言う
 そして僕は言う、ヘイ、ベイビー、 ワイルド・サイドを歩かないかって

 ジャッキーは突っ走っている
 まるでジェームス・ディーンみたいに一日中
 だから僕が思ったのは、彼女はクラッシュしなきゃだめだったんだと
 安定剤があれば、疾走できたろうに
 彼女は言った、ヘイ・ベイビー、ワイルド・サイドを歩いてみない
 僕も言った、ヘイ・ハニー、ワイルド・サイドを歩かないかって
 そして黒人は呟く、ドゥー、ドゥー、ドゥー

 

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