映画『The Great Gatsby 華麗なるギャッツビー』レビュー “あと3年早ければ、、、”

 バズ・ラーマン最新監督作、レオナルド・ディカプリオ主演作『華麗なるギャッツビー』を観てきました。原作はアメリカ文学史上もっとも有名は小説の一つであり、日本でも村上春樹の翻訳などもあるため人気、知名度ともに抜群のアメリカ文学である。そして今回『ロミオ+ジュリエット』や『ムーラン・ルージュ』で日本でも人気の高いバズ・ラーマンを監督に向かえ、レオナルド・ディカプリオ、『スパイダーマン』のトビー・マグワイア、そして『ドライブ』や『17歳の肖像』などで知られる若手演技派のキャリー・マリガンといった豪華な出演陣を揃えた話題作。ラーマン監督の作家性が好きか嫌いがでおそらく評価はまっ二つになりそうな作品でした。個人的には、あと3年早く公開されてれば、、、、と思いました。

The Great Gatsby

The Great Gatsby

ストーリー舞台は1922年のニューヨーク。中西部より出てきた青年ニックは証券会社での仕事のためニューヨーク郊外のロングアイランドに越してくる。ニックが暮らすのは質素な家ながらも隣には毎夜豪華絢爛なパーティーが開かれる大邸宅。家主は得体の知れぬギャッツビーという男。若くして巨万の富みを得たギャッツビーがなぜあれ程までに盛大なパーティーを繰り広げるのか。それは5年間もの間胸に秘め続けた一人の女性への愛のためだった。過去に誓った愛を取り戻そうとするギャッツビー、そのためだけ手に入れた富。ニックの助けもありその女性デイジーと再会したギャッツビー、そしてデイジーの夫トムとの軋轢は悲劇的な結末を迎えることになる。

The Great Gatsby

The Great Gatsby

感想前述しましたがおそらく今後公開日数が経つにつれて評価はまっ二つに分かれるだろうと思います。まずその理由としては監督のバズ・ラーマンの作品の多くが、彼の映画監督としての特性を受け入れられるか否かの一点において評価が分かれていること。そして本作は超有名原作小説の映画化なだけでなく1974年にロバート・レッドフォード主演で映画化されて一定の評価も受けているため、過去作との差別化のためにラーマンの作家性は今まで以上に全面に出ることが予想されたためである。

結果、私にはその点においてやはり不満の残る作品となってしまった。かと言って嫌いな映画と言うわけでもない。払った入場料が無駄だったとも思わない。2時間半近くある映画ながらも退屈は全く感じなかった。以前ご紹介した『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ』が途中退屈を感じることはあっても最終的に、やられてしまった、のに対し本作は退屈はしないがそれ以上のものは残念ながら残らなかった。それもこれもやはり“映画監督ラーマン”の特性が良くも悪くも目立ってしまったためである。本作と過去の映画化作品との最大の違いは映像と演出にある。とにかく派手で過剰なのだ。時代考証などはハナから念頭にはなくひたすら1922年のニューヨーク、つまりは第一次大戦以降大恐慌以前の特異な時代性を現代の映像技術と舞台劇のような過剰演出を組み合わせることで比喩的に表現しようとしている。74年の『華麗なるギャッツビー』が抑制された俳優の演技や音楽によって主人公ギャッツビーの隠された無垢さや最後まで明かされないデイジーの想いに加え当時の空気感そのものまで表現しようとしたのとは大きな違いである。しかしこの違いがあったからこそラーマンによる本作が現代にリメイクされた訳で、逆に言えばその過剰さや派手さを好む観客には高く評価されるのだろう。だからそういったラーマンの作家性に関してはこれ以上取り上げても意味がない。好きか嫌いか、ただそれだけだ。

The Great Gatsby

The Great Gatsby

それ以外に私が気になったのは、原作小説と74年の過去作そして本作の3つの関係性についてである。実は本作の物語としての描かれ方は原作よりも74年版の方に近い。特にデイジーの描かれ方はおそらく74年版を強く意識していると思う。原作小説で描かれるような軽薄さは本作には全く出てこない。ミステリアスであるが金の匂いに靡く女とは表現されていない。しかしそれにも関わらず74年版と本作では映画の印象が全く違う。74年版はベトナム戦争という時代的罪悪感が作品全体の虚無感や幻滅感と共鳴していたのにも関わらず、本作の最後は悲劇的な結末ながらも悲劇のまま終わっていない。正直なところ私が一番この作品で納得できなかったのはその妙に前向きな観後感である。原作小説も最後は前向きなニックの独白で終わるが、それは大恐慌から抜け出そうとする時代そのものに向けられていた。しかし本作のそれはどこに向かっているのか。“あと3年早ければ、、、”という私の印象は、この映画がリーマンショックを皮切りとする現代の大恐慌やオキュパイNYのような問題と合わせ鏡のようにして観られることを望んで作られたのなら、連日アメリカの景気回復がニュースで伝えられている“今”では本来あるはずの社会批判の精神も霞んでみえることに起因する。映画としての旬を逃してしまった印象なのだ。それは映画本作の評価と関係ないと思われるかもしれないが、本作が『The Great Gatsby』の世界を“現代”的にアレンジしている以上、このたった数週間、数ヶ月で変わった“現代”という時代の潮流を逃したことは作品の評価そのものに及んでも仕方がないと思う。74年版がベトナム戦争などの当時の時代と重ねて語られる一方、本作はこの現代とは重ねて論じられることはおそらくない。有名文学小説の3D映画化としてだけ記憶されるだろう。そう考えるとやはり3年早く公開されていれば、もっと現代との比喩的な同一性を感じられることができていれば、きっと私の印象も違ったろうと思う。とにかく“惜しい”作品である。

それでも前半のコメディー調の描き方とか、意外な3Dの使い方とか気に入ったところもありました。特にラーマン監督の作品が好きな人は間違いなく楽しめると思います。あと最後に本文とは関係のないことだけど、予告編でスーパーマンの新作『マン・オブ・スティール』を観ました。傑作の匂いがプンプンしました。もう予告編で泣きそうになりましたよ。これは楽しみですね。

 

『華麗なるギャッツビー』バズ・ラーマン監督作

74年版 ロバート・レッドフォード主演『華麗なるギャッツビー』

スコット・フィッツジェラルド著 村上春樹訳『グレート・ギャッツビー』

the-great-gatsby-2012
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